二度目の正直【私鉄に乗ろう99】ひたちなか海浜鉄道湊線 その1

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※この「私鉄に乗ろう」の写真は、筆者がプライベートな鉄道旅で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんので、乗車券などがあれば誰でも利用できる場所から、手持ちで撮影したスナップ写真です。ポケットに入るコンパクト・デジタルカメラ(SONY DSC-WX800)で撮影しています。今回の写真は2019年4月5日に撮影しました。

ひたちなか海浜鉄道湊(みなと)線は、当シリーズの記念すべき第1回(2016年6月13日)で既に書いています。しかし、各駅の写真を撮っていませんし簡略化されたレポートでした。

改めて2019年4月にひたちなか海浜鉄道に乗りに行きました。今回はその時の写真をメインに書きます。

JR常磐線勝田駅の近くに”ROCK”のモニュメントがあります。ニューヨーク5番街みたいでしょ。2018年の春頃に出現したのですが、雑誌Rock’in onが設置したそうです。Rock’in onは創刊の頃、渋谷ラブホ街にあった編集室に遊びに行ったりしてましたから個人的に懐かしいです。(笑)

では、ひたちなか海浜鉄道湊線の歴史を簡単に振り返ります。

歴史は古く、1907年(明治40年)に設立された湊鉄道が1928年(昭和3年)までに開業した勝田-阿字ヶ浦間に端を発しています。何と筆者が小学校から大学まで沿線に住んでいた京王井の頭線よりも古いんです。

第2次世界大戦・戦時体制下での陸運統制令によって茨城県内の交通事業者統合で、水浜電車、茨城鉄道などと茨城交通に合併統合されました。

2008年(平成20年)茨城交通の鉄道部門が新設分割されたひたちなか海浜鉄道が発足。ひたちなか市と茨城交通が出資する第三セクター企業です。北陸の万葉線を再建した吉田千秋氏が社長に就任しました。2017年度決算では発足後初の最終黒字を計上しました。

路線は、JR常磐線勝田駅から阿字ヶ浦駅間の14.3km。単線・非電化路線に10駅があります。

二度目という油断があってJR勝田駅ホームからひたちなか海浜鉄道に乗り換える改札口を撮っていません。初回、2016年(平成28年)6月に行った時の写真です。今回、二度目なので「撮った記憶」とダブって撮り忘れているカットが多いのです。ダメですねぇ。

※2016年6月撮影

偶然ですが2016年6月に乗った車両(懐かしい「曙光の大地」カラーリング!)と

※2016年6月撮影

今回乗った車両が同じです。※トップ画像参照

ひたちなか海浜鉄道キハ3710形02はコマツのラッピング列車で運用されていました。単式ホーム。

ひたちなか海浜鉄道の駅名標は意匠が独特です。これだけでひたちなか海浜鉄道だとすぐに分かります。コストパフォーマンスが大きいアピールポイントですよね。他の路線などで、妙に凝った駅名標でかえって読み難いという本来の目的から逸脱したものもありますが、ひたちなか海浜鉄道の駅名標はシンプルでグラフィック的にも美しく好感度高いです。(2015年度のグッドデザイン賞)

勝田駅前のビル群とひたちなか海浜鉄道のシンボル「日の出」が描かれた駅名標。湊鉄道時代の1913年(大正2年)に開業。常磐線との乗換駅です。2002年(平成14年)JRが橋上駅舎化。2008年(平成20年)茨城交通からひたちなか海浜鉄道に移管。2011年(平成23年)の東日本大震災では駅が閉鎖されましたがひたちなか海浜鉄道は7月に営業再開。

ここが仕事場。右の前面窓から撮影します。頭上に「3710-02」の銘板。

勝田発12:40の阿字ヶ浦が出発しました。4月5日なので、まだ桜が咲いています。常磐線の水戸方面電車が先行しています。

今回、気が付いたのですが、何とひたちなか海浜鉄道湊線の鉄道線上をGoogleMapのストリートビューで見ることができます!吃驚しました。前面展望を撮影する意味が無い?(笑)

JRへの渡り線があります。

JRからの渡り線も。1963年(昭和38年)まで水戸駅まで直通運転されていました。さらに1990年(平成2年)までは、夏期に阿字ヶ浦駅まで国鉄・JR上野駅からの直通列車も運転されていました。人気の高い海水浴場があるのです。

先で東にカーブして常磐線と離れてゆきます。

常磐線から離れてすぐに駅があります。

桜が満開を過ぎた辺り。金曜日なので花見の場所取りをしていたりします。

では、【私鉄に乗ろう99】ひたちなか海浜鉄道湊線 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)