【中原中也 詩の栞】 No.11 「雪の賦 詩集『在りし日の歌』より」

雪が降るとこのわたくしには、人生が、

かなしくもうつくしいものに ――

憂愁にみちたものに、思へるのであつた。

 

その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、

大高源吾の頃にも降つた……

 

幾多々々の孤児の手は、

そのためにかじかんで、

都会の夕べはそのために十分悲しくあつたのだ。

 

ロシアの田舎の別荘の、

矢来の彼方に見る雪は、

うんざりする程永遠で、

 

雪の降る日は高貴の夫人も、

ちつとは愚痴でもあらうと思はれ……

 

雪が降るとこのわたくしには、

人生が かなしくもうつくしいものに ――

憂愁にみちたものに、思へるのであつた。

 

【ひとことコラム】大高源吾は赤穂浪士の一人。討ち入りの場面につきもののよく知られた雪を含みながら、この詩に降る雪は、時代を超え国境を超えて広がって行きます。そうした果てしない時空の中に置いてみることで、一度限りの人生のかけがえのなさも、身にしみて感じられるのでしょう。

中原中也記念館館長 中原 豊

© 株式会社サンデー山口