ソフトバンク社員のスパイ事件は氷山の一角!? お台場の展示会でサラリーマンに近づいて……

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 警視庁公安部が今年1月に摘発した在日本ロシア通商代表部職員によるソフトバンク社員へのスパイ事件は、その直後に中国・武漢でコロナウイルスが発生したこともあり、世間の関心から完全に外れてしまった感がある。

 しかし、警視庁公安部で長らく“スパイ・ハンター”として活躍したA氏は、「ロシアのスパイ活動は戦前から脈々と続いており、今後もサラリーマンが狙われる可能性が高い」という。

 A氏が手にする公安関係者向けの書籍『戦後の外事事件—スパイ・拉致・不正輸出—』(東京法令出版)によれば、これまでに発覚しているロシアによるスパイ事件は26件であり、中国の5件を圧倒する。

 ただし、A氏によるとこれらのスパイ事件等は警察が事件化した「氷山の一角」に過ぎず、内偵したが公判を維持できるだけの証拠を得られずにお蔵入りした事件もあれば、公安警察よりもスパイの方が一枚上手でまんまと逃げられた、または現在も水面下でスパイ活動が続いているものもあるという。

「日本にいるロシアのスパイは、大きく2つに分けられます。ひとつは大使館員や企業駐在員の肩書きで活動する『オフィシャル・カバー』、もうひとつは偽名を使って別人物になりすまして活動する『ノン・オフィシャル・カバー』です。

 前者は外交特権などで守られていますが、NOC(ノック)とも呼ばれる後者は国家の保護を得られないため危険と隣あわせです。両者を合わせた数は、東京だけでざっと50人以上。これを多いと思うか、少ないと思うか……。

 どちらのスパイも、ロシアの諜報機関であるSVR(対外情報庁)とGRU(軍参謀本部情報総局)、FSB(連邦保安庁)から派遣されています。この中で主に日本人をターゲットにしたスパイ活動に従事するのは、SVRとGRUです。FSBは、大使館に対するスパイ活動防止、いわゆる防諜活動を行います」(同)

 ロシアのスパイ機関の歴史は古く、1917年のロシア革命にまでさかのぼる。ざっくりと説明すれば、KGB(ソ連国家保安委員会)がSVRとFSBなどの組織に分かれたのだ。プーチン大統領は旧ソ連時代、KGBのスパイとして東ドイツで活動していたことで知られる。

 一方の雄であるGRUはロシア革命当時から現在まで命脈を保っており、日本最大のスパイ事件(1942年「ゾルゲ事件」)の主犯、リヒャルト・ゾルゲはGRUのスパイだった。ドイツの新聞記者に扮して来日して、総理大臣周辺にまでエージェントを送り込み、日本の対ソ戦略について情報収集したという。

「今回事件となった通商代表部職員は、SVRの『ラインX』に所属するスパイだとみられます。SVRの駐日組織は、“レジデント”と呼ばれる駐日責任者の下に、科学技術情報を収集するラインX、上述のNOCを支援する『ラインN』、駐日組織の防諜を担当する『ラインKR』、政治情報を収集する『ラインPR』と呼ばれる組織に分かれており、SVRがもっとも力を入れているのがラインXなのです。

 ロシアは旧ソ連時代から、アメリカなど西側先進国の科学技術情報をスパイして、戦闘機から民生品までコピーしてきた“歴史”があります。

 そのような背景の中、プーチン大統領が2006年の年次教書演説で、自国産業の弱点を克服するために『国家が国外で現代的テクノロジーの獲得においても助力を与えなければならない』と指摘したことをきっかけとして、SVRは海外での科学技術情報のスパイ活動を強化したのです。今回の事件は、この方針の延長線上にあります」(同)

 インテリジェンスの世界では、「情報の99%はオープンソースから得られ、秘密情報は1%にしか満たない」という例えがある。ロシアのスパイは、この1%の秘密情報を求めてさまざまな身分に姿を変えて活動している。

 そもそも、ロシアのスパイはどのようにして一企業のサラリーマンに接近し、エージェントにしていくのだろうか。

「もっとも多い事例は、お台場や幕張で毎日のように行われている展示会です。ラインXのスパイは、公安警察の目をすり抜けるために青ナンバー(ナンバーが青い外交官車両)ではなく電車で訪れ、事前に目星を付けていたブースに近づき商品説明を受ける振りをして、自然にターゲットと“接触”します。

 そして、名刺交換の際に、『名刺がなくなったので、後から連絡します』と言ってその場では身分を明かさず、後日、電話連絡して喫茶店やレストランに呼び出します。美味しいビジネスに繋がるかのような話をして、次の接触につなげ、徐々に個人的な話に入っていくというのが典型的な手口です」(A氏)

 スパイは、MICEと呼ばれる相手の弱点——金銭(money)、思想信条(ideology)、虚栄心(compromise)、自己顕示欲(ego)を巧みに突くことでターゲットを操縦するという。

「まずは、社員であれば誰でも手に入る簡単な情報や資料を提供させながら、ターゲットを誉めちぎります。弱点を巧みに突かれたターゲットは、この段階でスパイを自分の唯一の理解者だと勘違いしてしまうのです。

 そうやって何度目かの食事の後に、『あの資料はとても役に立ちました。さすがは◯◯さんです』と“白い封筒”を差し出して、今度は秘密情報を持ち出すことを要求します。大抵のターゲットは“しまった”と勘付きますが、時すでに遅し。ここまでくれば、エージェント獲得工作の9割が成功したといえるでしょう」(同)

 スパイの手口がここまで分かっているのであれば、途中で注意喚起して、“犯罪”を未然に防ぐこともできるのではないだろうか。だが、公安警察は決して割って入ることはしない。そこには彼らの非情な目的がある。

「公安部の内偵チームは大使館や通商代表部、あるいはターゲット宅の近くに“アジト”を設置して、24時間体制でスパイを監視します。警戒心が高いスパイが相手の時にはあえて尾行を巻かれたフリをして、相手が巻いたと思い込んで安心したところで、別のチームが尾行することもあります。

 手の内を明かすことになるのですべては話せませんが、24時間365日の粘り強い捜査を続けて事件化しても、スパイ防止法がない日本では微罪にしかなりません。私たちにできることは、いたちごっこを繰り返しながら『公安には敵わない』と思わせて、連中の心を挫くことだけなんです」(同)

 スパイは小説や映画の中だけの存在ではなく、意外にもサラリーマン諸氏をターゲットにして巧妙に近づいてくる。プロのスパイから完全に身を守る術はないのかもしれないが、都合の良い話と調子の良い人物には注意するという常識こそが、最善の武器になるだろう。