「むしゃくしゃしてやった」 犯罪を犯した者が語るこの動機の裏には一体どんな心の葛藤があったのか 社会に叩きのめされた放火魔裁判

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「むしゃくしゃしてやった」

それが石崎学(仮名、裁判当時46歳)がゴミ集積所のネットにライターで火をつけた理由でした。

幸い火はすぐに消し止められ怪我人も出ませんでしたが、最も火勢が強かった時には炎の高さは1メートルを越えていました。近くには民家もありました。もし家に燃え移っていれば…大きな被害が出ていた可能性もあります。

彼は犯行をたまたま目撃していた人によって現行犯逮捕されましたが、後の警察の取り調べでゴミ集積所に火を着ける直前に自動販売機の横に設置されていたゴミ箱にも火を着けたことを自供しています。

彼には同種の前科もありました。粗大ゴミとして出されていた冷蔵庫に火を着けた事件です。この時の裁判でも、「むしゃくしゃしてやった」と動機を話しています。

彼を犯行に駆り立てた「むしゃくしゃ」は一体何だったのでしょうか?

彼は生まれつき先天性白内障で視野が非常に狭いという障害を抱えています。それでも定時制高校を卒業後は専門学校に通い指圧師として稼働していました。その後、転職し介護の仕事に就きましたがここから人生が暗転していきます。

「介護の仕事を始めてすぐ、入所者に殴られたりするようになって…。あと、同僚からも日常的に殴られるようになりました。人間関係が全然うまくいかなくてそれで退職をしました」

介護の仕事を辞めた時点で年齢は40歳を過ぎていました。さらに退職してすぐに精神的な疾患も発症しました。

こうなるともう次の転職先を見つけることなどできません。生活保護を受給するしか選択肢はありませんでした。

近くには母と弟が暮らしているそうですが、裁判では家族の支援を仰ぐ、といったような話はほぼ出てきませんでした。事情はわかりませんが、どこかの段階で疎遠になってしまっているようです。

生活保護を受けるようになってから彼の生活は乱れていきました。昼頃に起きてきてダラダラ過ごすだけの毎日。やることもやるべきことも何もありません。人と会って話すこともありません。生活を変えようとする気ももう起きません。

人のために良かれと思って尽くしていたのに彼は嘲られ暴力を振るわれました。その記憶は彼から立ち上がる意欲を奪いました。

そして酒を呑むようになりました。

彼の目には、この社会もそこで暮らす人間も自分のことを拒絶し傷つけようとする存在にしか見えなくなってしまっていたのかもしれません。しかし酒だけはどんな時でも彼を受け入れてくれます。拒絶されることも傷つけられることもなく、優しく全てを忘れさせてくれます。

酒量は日に日に増えていきました。

「保護費を貰うとすぐに全部酒で使ってしまうので、月2回に分けて貰うようになりました。それでもダメで、週に1回貰うようになりました」

典型的なアルコール依存症です。酒が過ぎて警察の世話になることも度々ありました。それでも酒は止められませんでした。周囲に彼のことを考え心配してくれる誰かがいれば治療に繋げることもできたかもしれません。そんな「誰か」は周りには1人もいませんでした。

逮捕時、彼はお金をほとんど持っていませんでした。生活保護費を貰ったのは逮捕される前日です。貰った保護費はわずか1日で全て使い果たしてしまっていました。

検察官は彼の犯行に対して、

「こうやって『むしゃくしゃしたから』なんて言って火つけてまわってるような人がいたら、誰も安心して暮らせないでしょ! 私はみんなが安心して暮らせる社会が望ましいです。あなたのやってることはどうですか!」

と声を荒げて糾弾していました。

検察官の言う「みんなが安心して暮らせる社会」を脅かしたのは、「安心して暮らせる」場所をなくした男です。

彼はゴミ箱やネットに火をつけました。ただ、彼が「むしゃくしゃ」して燃やし壊そうとしていたものはそんな物ではなく、別の何かではないかと思えてなりません。(取材・文◎鈴木孔明)