LGBT当事者から学ぶ「カミングアウト」の深い意味

「カミングアウトって知ってる?」

そう聞かれたら、あなたはこう答えるだろう。

「自分の隠し事を暴露することでしょ?」

その答えは、部分的には正解だが部分的には誤りでもある。

日常でも聞くようになったこの用語だが、その背景について十分知られているかは疑問が残る。 本来の、「カミングアウト」の意味するところは何だったのだろうか。 今回はその周辺をを見ていこう。

■クローゼットからのカミングアウト

元々、カミングアウトとは"Coming out of the closet"(クローゼットの外へ出る)というフレーズが短縮されたものだ。 これは、何か隠していたことを公にするという意味を持つ。

この比喩的な言葉は、1960年代以降に男性同性愛の世界で大きく広まり知られるようになった。 彼らは異性愛者のように、自己の性対象をオープンにすると社会生活上の不都合を生じる。

そのため、誰にも本当の自分を知られないように己の性的指向を隠す。 この状態を英語圏では"be in the closet"(クローゼットの中にいる)と呼ぶ。 自分の存在を扉の中に隠して引きこもり、身を守っているイメージだ。

とはいえ、自分自身にとってアイデンティティにも似た部分を、ひた隠しにすることは決して楽ではない。 社会的不利益を避ける、身を守るためとはいえ、それは自己否定にも直結している。

「こんな自分は病気だ、異常者だ」 「自分のありようは、世の中からは受け入れられない」 「本当のことを言ったら誰もが自分を見捨てるだろう」

このような悩みはクローゼットの中の当事者を日々むしばみ、追い込んでいく。

この実態は、かなり社会的認知が広まった今日においても、LGBT当事者の自殺リスクが高いというデータが存在することと無縁ではないだろう。 隠して隠して自己否定と欺瞞の日々。

これに終止符を打っていく勇気ある行動、それが「カミングアウト」なのだ。

■カミングアウトのメリットとデメリット

さて、カミングアウトにはメリットも勿論あればデメリットもついてくる。

メリットとして挙げられるのは、 まず、隠し事のない人生を送れるため、良質な人間関係を築きやすい点がある。 恋愛関係は勿論、家族や友人との関係も健全なものに近づく。

そして職場での人間関係も、私生活を隠さず堂々としていられる環境下であればその人のパフォーマンスは最大限発揮できるようになる。

次に、自分のアイデンティティを肯定できるためストレスが減り精神が安定しやすくなる。

いつも「自分のことを人に開示してはいけない」「知られたら馬鹿にされる」と思う必要がなくなるため、無駄な苦しみを脳のバックグラウンドで処理しなくて済むようになる。悩みは少ない方が精神は安定する。

また、その副次的効果として、同じ境遇にいる当事者とつながりやすくなる。すると自分にとって有益な情報が得られやすくなる上、悩みを話し合える同じ目線の仲間を見つけることができる。

コミュニティを見つけられるので、社会一般ではマイノリティであったとしても行く先ができ、帰属感が生まれる。

これらはどれも、人間が健康的な社会生活を送るために必要不可欠な要素でもある。 とはいえ、カミングアウトにはデメリット、リスクもついて来る。

最も想像しやすいのは、受け入れてもらえず、関係が悪化・破綻する可能性があるというパターンだ。 勇気を振り絞って伝えたとしても、人それぞれ捉え方は同じではない。受け入れるか受け入れないかは聞き手に委ねられている。

この点を極力無難にクリアするためには、相手の立場や状況をよく吟味すること、そして相手に期待しすぎないことが必要になってくる。 年々、マイノリティに対して理解のある人は増えてきているような印象はあるが、それでもまったく理解しない人、あるいは悪く解釈する人もある程度存在する。

そのような相手にカミングアウトする、あるいは言いふらされて(アウティング)しまった場合、興味本位のハラスメントや明らかな差別、暴力などの被害をこうむる人も存在する。 また、職場や家族で拒絶されると、精神的にきついだけでなく実際の収入源や居場所が取り上げられてしまい、生活が成り立たなくなるというケースも0ではない。 こういったデメリット・リスクを冷静に考えつつ、カミングアウトをしていくことが必要になる。

日々隠し事をして生きることには、後ろめたさがついて回り精神的な負担は計り知れない。 そのため、「安全」と感じられる状況下ではカミングアウトをしたいと考えるLGBT当事者は多い。

しかし、タイミングや運が悪いばかりにカミングアウト相手から拒絶されたり、攻撃されたり、ひどい時には周囲に言いふらされたり(アウティング)といったケースも存在するのが実際のところだ。 複雑な現状がある中で、命がけの勇気を振り絞って「カミングアウト」する当事者もいれば、周囲の無理解や色眼鏡、明らかな差別等を恐れて「クローゼット」でいる当事者達もいる。

どちらが良いか一概に言うことは難しいが、少なくとも「アウティング」、つまり無断で言いふらしたり下世話な噂話に花を咲かせそうな相手に対しては、慎重になった方が安全なのは確かだ。

■カミングアウトは面白おかしいものではない

日本国内のバラエティ番組や日常会話の中では、「言いにくいことを打ち明ける」という意味から「面白おかしい暴露話」という意味まで幅広く使われる「カミングアウト」の単語。

元々が「隠し事を公にする」という意味のため、必ずしもLGBTに関する内容やシリアスな話題でなくとも使えてしまうという幅広さがある。 しかし、このカミングアウトという概念がここまで広まった背景には、自分をひた隠しにしてきた人々の数えきれない苦悩と、堂々と自分自身に胸を張る勇気があったことに思いを馳せてほしい。

暴露話も良い酒のツマミになるが、そんな風に軽く切り出せない重い事情を背負った人々もいる。 「カミングアウト」の単語を見聞きするたびに、そういった人々の苦悩を思いやることができたら、世界はもっと優しく、生きやすくなるのかもしれない。

(文/ニジクマノミ

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