衝撃的なラスト数カットとは? 100年前の壮絶な「戦場」をカラーで完全復元『彼らは生きていた』

『彼らは生きていた』© 2018 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

映画史上かつてない大胆緻密なプランニングと挑戦によって成し遂げた一作

【惹句師・関根忠郎の映画一刀両断】

全篇99分。映像は殆んど戦場のみに限定した、モノクロとカラーによる驚異的な戦争ドキュメンタリーである。言うまでもなく第一次世界大戦とは、開戦1914年から終結1918年まで足掛け5年を費やした世界初の国家間の凄絶な闘いを指す。

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そして本作は、この大戦中に西部戦線で撮影された数千時間に及ぶ膨大な記録(モノクロ・フィルム)をもとに、映画史上かつてない大胆緻密なプランニングと挑戦によって成し遂げた一作と言わなければならない。大戦中のモノクロ映像が、今日のデジタル・ハイテクノロジーによって、かくも圧巻の臨場感を以って我々の眼前に戦場そのものが立ち上がるのかと驚愕させられた。戦場という極限状況下の凄絶な戦闘と、人間味溢れる兵士たちの日常に視点を置き、かくもナチュラルな人間の存在を感じさせてくれる要因は何処にあるのか。

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『LOTR』シリーズの巨匠ピーター・ジャクソン監督が統括指揮

映画化のことの起こりは、イギリスの帝国戦争博物館に所蔵されていた前記数千時間のモノクロ・フィルムをもとに、第一次世界大戦の終結から100周年記念の一環として、2018年10月開催のBFIロンドン映画祭での上映を目的に本作の製作が開始されたという。相当に遠大な国家的企画ゆえに、まずは慎重厳密な技術スタッフィングが行われた。

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この巨大プロジェクトのリーダーは、栄えあるアカデミー賞監督のピーター・ジャクソン。彼は本作の完成図をどのように描いたのだろうか。自身の祖父が同大戦の兵士だったこと。子供の頃からこの大戦に興味を抱き、多くの書籍や資料を読み込んでいたこと。そうした経緯から、<大戦当時のリアル>の追及に徹したことは言うに及ばず、自ずとハリウッド製の戦争映画とは対極に在るものを目指したのではないかと思う(作品の持つ真のドキュメンタリー性を確認すれば当然だ)。

その大戦を現在に甦えらせる作業は、およそ100年前のモノクロ映像を確認・厳選し、そこから映像の修復、カラーリング、そして音声の付加という、気の遠くなるような技術と時間が投入された。

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第一の難関。それは1910年代に撮影されたフィルムが、1秒13、14、あるいは18フレームなどバラバラだったこと。まず、これら当時の映像を現在の24フレームに修正するという手の込んだ仕事をクリア。当然のことながら、フィルムに付着していた無数のキズをデジタル修復するだけでも、膨大な時間と忍耐を必要としたことだろう。

映像だけではない! 場面ごとに音声(兵士たちの声)をリアルに再現

第一次大戦中と言えば、当時、映像は撮影可能であったが、音声を録音する技術が無かったがゆえに、当然音声は残っていない(映画誕生の1895年から僅か20年しか経ていない時期だ)。これだけは、製作段階で新たに再現の必要に迫られたことだろう。実際、ピーター・ジャクソン監督は、大戦後に収録された約200人の退役軍人たちのインタビュー音声素材(BBCが収録した約200時間もの音源)を聴き取り厳選。それらをナレーションに活用し、さらにはそのインタビュー音声をもとに、当時の訛り英語を話せる人々を起用して兵士たちの映像にセリフを吹き込んでもらい、限りなく戦争当時の臨場感を持った<声>の再現に努力した。これも映像と優れて一体感を醸し出して、際立ったドキュメンタリー効果を上げている。

『彼らは生きていた』© 2018 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

後付けの音声がこれほどリアルに定着し、耳に馴染んだ自然さを感じられたのは意外というよりない。当然100年ほど前の古い映像をベースに、テクノロジーの手を加えての制作だが、作り込みの違和感など毛の先ほども感じられなかった。これが凄い。すべて自然だ。筆者などは暫くの間、復元映像と気付かずに本作を見続けていたほどだ(これもどうか? と我ながら呆れるが、それくらいナチュラルなのだ)。

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「彼らは生きていた(原題:THEY SHALL NOT GROW OLD)」の展開

この映画の原題を直訳すると、すなわち「彼らは歳を取らない」だ。ストーリーを記述すると、1914年8月のイギリスによる宣戦布告と共に各地で募兵活動が巻き起こり、「今こそチャンス、若者たちよ入隊を!」といったプロパガンダ・ポスターで戦意高揚。入隊資格年齢に達していない若者などは、必ずしも愛国心からの発揚でなく、「周りの者が志願したので……」とか、あるいは「退屈な仕事の日々から解放されたかった」などなど、実にリアルな心情を吐露していたのが興味深い。ああ、人間こんな気分に傾くこともあるのだろうかと得心のいくところもある。これも戦時下の人間感情として“アリ”なんだろうかと……。

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俄か兵士たちは、やがて練兵場で様々な訓練を重ね、重い背嚢を背負ってキツイ行軍、小銃や機関銃、その他の武器を使った戦闘訓練などで、なんとかいっぱしの兵士に成長。その日常生活では一本の丸太に4、5人くらい裸の尻を並べて脱糞するショットの、戦地ならではの滑稽な情景もある。訓練期間は仲間とともに冗談を交わし合って笑いに興じたりしていたが、やがて1日も早く実戦へと気持ちが騒めき、血気に逸る頃には、西部戦線への派遣が決定。以後は、まさに地獄の戦場を駆ける兵士となって敵前へ突進して行くことになる。

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日常の訓練から生死を分ける非日常の戦場へ。思わず、この一瞬の転換にギクリとして身を固くした。このような場面は到底作り物の戦争映画からは、ついぞ感じられなかったドキュメンタリー特有の緊張感なのであろう。ピーター・ジャクソン監督の劇的転換の鋭眼が感じられる一瞬だ。

長い塹壕、泥濘の大地、轟く大砲、大型戦車の威容。突撃命令に応じて塹壕を飛び出し、否応なく命を飛散させていく若者たち。銃剣で殺し合う英・独双方の兵士たち。滑らかな24フレームのカラー映像とリアルに再現された音響の凄まじさが、見る側に強烈な戦闘体験を強いるばかりのド迫力を生んでいた。我々観客は有無を言わせぬ戦争の実態感に為すすべもなく、打たれっ放しになる。戦慄した。

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激戦後、イギリス兵とドイツ兵が共に負傷兵を救護

続く本作ラストの凄絶な戦闘映像の後、一呼吸の間も置けず不意に「オヤ……?」といった感慨を誘う映像があった。それはイギリス軍の兵士と、捕らえられたドイツ軍兵士が、共に負傷した兵士の救護に当たっている数ショットだった。元が記録映像だから、ひたすら淡々としたミディアム・ショットゆえに、何の誇張も思い入れもなく撮っているので、むしろ平板な数カットであろう。しかし、見ていてこれには軽い衝撃を覚えた。さりげない映像だが心が騒めいた。彼らは敵味方ではなかったのだ。たまたま戦場で出会ってしまった、見知らぬ同士の“彼ら”だった。敵対者ではなかった。この負傷兵救護の、さりげない映像は思いがけない記録映像の発見によってもたらされたもの。それは不意の得難い感銘だった。

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4年を費やした記録映像の復元プロセスすべてを知りたい!

第一次世界大戦に据えた、巨匠ピーター・ジャクソン監督による見事な人間性回帰のメッセージを秘めた構想と演出を、実に4年の歳月を費やして復元作業とカラー化に打ち込んだ総勢400人余の技術スタッフ。典型的アナログ人間の筆者ですら、本作の高度テクノロジーによる復元プロセスのすべてを知りたい欲望に駆られて、再度また本作のスクリーンに向かい合ってみたいと思った。でき得ることなら、本作の製作過程をつぶさに追ったメイキング映像があれば、それをじっくり鑑賞したいものだと思う。

『彼らは生きていた』© 2018 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

高度な修復作業によってカラー再現された映像の中で、生き生きとした姿を見せる100年前の兵士たち。彼らに思いがけない親近感を覚え、<映画の威力>を再確認しながら2020年の東京の雑踏の中を歩いた。

文:関根忠郎

『彼らは生きていた』は2020年1月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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