現在、お住まいの不動産の名義を確認したことはありますか?
両親が長く住んでいた家は、当然、親の名義になっていると思う方は多いと思います。しかし、その家が、先祖代々引き継がれている不動産だとしたらどうでしょうか。
何らかの理由で名義変更されず、何十年も前に亡くなった先々代の名義のままだった場合、相続人が増え、トラブルに発展する可能性があります。
実家の所有者は、25年前に他界した祖父?
高島正仁さん(52歳、仮名)は、先日、父親を亡くしたばかり。葬儀、埋葬、納骨を終えてひと段落し、遺産分割協議(遺産を分ける話し合い)について考え始めたところです。
母親を10年前に亡くしているため、今回の相続人は、正仁さん、姉、兄の3人。3人とも実家を出て、近くの持ち家に住んでいます。
正仁さんは、父親が住んでいた不動産の登記簿謄本を見て驚きました。所有者が、25年前に亡くなった祖父の名前のままだったのです。
どうしてこんなことが起こるのでしょうか。今まで何も問題はなかったのでしょうか。
名義変更を先延ばしにしてしまう理由
不動産の名義が先代、先々代のままになっている原因のひとつに、名義変更に期限がないことが挙げられます。特に期限がないものですから、つい先延ばしにしているうちに、結局そのままの状態で次の相続を迎えてしまうことがあります。相続による不動産の所有権移転登記が義務ではないこと、また名義変更時に登録免許税等の費用がかかることも原因かもしれません。
不動産登記制度の役割は、その不動産に関する権利関係を公示し(第三者にこの不動産は私のものですよ、と示すこと)、不動産に関する適切な情報を提供することにより、不正な不動産取引が行われないようにするものです。
遺言や遺産分割協議によって、有効に権利の変動(所有者があらたに決まる)があれば、登記が変更されていなくても、その権利の変動は有効になります。ところが、第三者から見るとそれはわかりません。
祖父名義だと判明したことで、一気に増えた相続人の数
祖父が亡くなった時に、誰がこの不動産を引き継ぐことになっていたのか。はたまた、遺産分割協議がうまくいかずそのままになってしまっていたのか。今となってはわかりません。
遺産分割協議はされていて、名義の変更が行われていなかっただけということであれば、当時の遺産分割協議書をもって名義変更を進めることができるかもしれません。
しかし、もう何十年も前に行われた遺産分割協議書が見つかる可能性は低いのが現状です。そうすると、相続人全員であらためて遺産分割協議をすることになります。
正仁さんの祖父が亡くなった当時の相続人は、正仁さんの父親を含めて4人。きょうだい4人が相続人でしたが、年月が経ち2人が亡くなりました。相続権はその子どもに移ります。それぞれのきょうだいには、子どもがいましたので、今現在、相続人が、正仁さんを含めて8人になりました。
正仁さんから見て、叔父、叔母、いとこにあたる人たちとの遺産分割協議のはじまりです。日頃顔を合わせることもない人たちと、お金の話をしなければならないのです。
快く協力してくれる人、高額なハンコ代を請求してくる人、関わりたくないと話すら聞いてくれない人……。相続人全員と話し合いをし、遺産分割協議書を完成させるのには、膨大な手間と時間とお金を要することになるのです。
話し合いはまとまらず、調停へ
今回の遺産分割協議は、相続人8人の合意が得られなかったので、頓挫することになりました。しかし、このままの状態にしておけば、正仁さんが亡くなった後はさらに子どもたちが同じ状況で困ることになります。
結局、家庭裁判所へ遺産分割の調停手続を申し立てることとなりました。調停は、相続人が他の相続人全員を相手方として申し立てます。相続人全員から意見を聴いたり、資料の提示を受けたり、意見の合意を目指して話し合いを行うため、とても時間がかかります。
仮に、遺産分割の調停申し立てをすることなく、頓挫したまま放置すればどんどん厄介な問題になってきます。
名義は違っても、正仁さんのご両親が長年に渡り住んできたのです。実際、不動産は正仁さんのご両親が引き継がれたのだと思います。だからこそ、固定資産税を払い、家を保存、管理等していたのです。そして、お父さんが亡くなり、家に住む人がいなくなった今でも、相続人の誰かが固定資産税を払い、保存、管理等をしていくことになるのです。
そんなお金と手間がかかるくらいなら、いっそ売却したいと考えが及ぶでしょう。
このままでは、不動産の売却もできない!
不動産を売却する際には、その不動産の所有者(登記上の所有者)が契約者になります。ここで言う「不動産の所有者」とは、「登記簿に記載されている者」です。
相続人の間で話し合いが行われ、話し合いの結果、不動産を引き継いだとしても、名義変更を怠ったままでいると、その不動産はまだ亡くなった方のものです。
不動産登記制度は、現在の状況を示すだけではなく、権利の変動も記録されています。たとえば、Aが土地をBに売却した場合は、AからBへの所有権移転登記として記録されます。これにより「Bの前にはAが所有していた土地」ということがわかります。
相続においての権利変動は、代々に渡り、不動産を所有していた者を推測させる資料となります。そのため、いくつも相続が重なったとしても、その時々の不動産所有者を登記上に記録しなければなりません。
正仁さんの場合、既に亡くなっている祖父が売主となってしまいます。しかし、亡くなっている人を売主にすることはできません。
売却するにも、不動産の名義を現在の所有者に一致させなければなりません。そのためにも、相続人全員の遺産分割協議を行い、引き継ぐ人を決めて名義変更をしなければ、不動産の売却はできません。
また、この遺産分割協議には、相続人の意思能力の有無が問題となります。もし、相続人の中にご高齢の認知症の方がいれば、遺産分割協議ができません。協議ができなければ売ることはできません。さらに、貸すことも不動産を活用することもできないのです。
所有者不明の土地は「空き家問題」に発展
このようなことにならないために、何をしておけばよかったのでしょうか。もうおわかりの方も多いのではないかと思います。
ひとつは、祖父が亡くなった時に行った遺産分割協議に基づき、遅滞なく不動産の名義変更を行うこと。
もうひとつは、祖父が生前に遺言書を作成し、不動産を引き継ぐ人を指定し、亡くなった後に引き継ぐ人が、遅滞なく名義変更を行うこと。
不動産の名義変更を先延ばしにしていいことは一つもありません。とはいえ、先にお伝えしたとおり、相続による不動産の名義変更は義務ではないため放置されている土地は多いといいます。そして、その面積は九州とほぼ同等であると言われています。
相続登記がされず、所有者不明になっている土地は大きな問題となっています。所有者不明の土地があると、地震や水害などで被災した人たちのために行う公共事業や、再開発に向けた復興用地取得の妨げになります。土地の所有者の捜索には、多大な時間・費用を要し、見つからなければ、交渉が進まなくなることもあります。さらに、社会問題にもなっている「空き家の問題」にも繋がってくるのです。
こういったことから、相続による不動産の名義変更の登記が義務化されるという話も出ています。その時に慌てないように今から準備をしていくことをおすすめします。
相続は、関わる人が多いほど問題も増える
相続人も時の経過とともに子孫が増えていくでしょう。不動産の名義変更をしない状態で子孫が増えることは、不動産の権利者になりうる人が増えていくことを意味します。
相続では、関わる人が多ければ多いほど、トラブル、リスクが高くなります。自分が名義変更しなかったばっかりに、子どもや孫が相続の際に争うことになるならば、今のうちから名義を変えて争いの芽を摘み取ってください。
まずは、自分に関わりのある不動産の登記簿謄本を取得し、所有者の名前が、実際に住んでいる人、もしくは所有していると思われる人と同じかどうか、住所、氏名を確認しましょう。
もし何らかの手続が必要と思われることがあれば、専門家に相談してください。事前に準備しておくことがとても大切です。
<司法書士:増田正子>