新型肺炎、深刻化する中国・北京の今 マスク外してせきする人も 徹底されぬ感染防止策

新型肺炎の影響で閑散とした北京市内の道路=2月16日(共同)

 フランスで欧州初の死者が出て、エジプトでも感染が確認されるなど新型肺炎の拡大に歯止めがかかる様子は一向に見られない。中国は17日午前段階で死者が1770人、感染者は7万人を超えており事態は深刻だ。中国に住んでいる市井の人々は、この「見えない敵」とどう向き合っているのか、北京からリポートする。(共同通信特約=佐藤清子)

 ▽一報は12月末、封鎖は1月23日

 湖北省武漢市で原因不明の肺炎患者が相次いで確認されている―。2019年12月31日、そんな第一報が流れた。しかし、当初はそれほど危機感を抱かなかったというのが正直なところだった。中国中部にある武漢から首都・北京市は1230キロ、中国最大の都市・上海市は920キロも離れている。加えて、新聞やテレビも現在ほどは大きく報じていなかった。

 人々の不安が一気に高まったのは、中国政府が武漢を出入りする航空便や列車、バスを停止して事実上封鎖した1月23日以降。春節(旧正月)を迎えた25日には北京の地下鉄駅の一部で防護服を着用した係員が全ての利用客を対象に体温検査を始めた。故宮博物院や上海ディズニーランド、万里の長城など人気の観光施設も一斉に閉鎖された。

中国・湖北省武漢、北京

 そして、例年なら春節を祝う住民や観光客でにぎわうはずの街から人が消えた。

 27日、中国政府は春節の連休(24~30日)を2月2日まで延長すると発表した。北京や上海といった大都市には地方出身者が多い。春節で帰省した人たちが一度に戻るのを阻止することで、さらなる感染が止められると中国政府はもくろんでいたのだろう。加えて、筆者が住む街ではスーパーマーケットや宅配便のサービスも再開するなど、日常生活が戻りつつあった。

 「これで落ち着くはず」と思い、安心した。だが、甘かった。ご存じの通り、感染は広がり続け、国内各地で外出自粛が呼び掛けられるまでになっている。筆者も自宅から出ることがほぼできていない。食べ物に困るほどではないものの、この状況がいつまで続くのか分からないことへのストレスはたまりつつある。夫が在宅勤務となった友人は同じ部屋に1カ月近く居続けていることが不満のようで「気が狂いそうだ」と話していた。

マスク姿で北京市内の施設を視察する中国の習近平国家主席(中央手前)=2月10日(新華社=共同)

 ▽党指導部も誤り認める

 全ての原因は武漢市当局をはじめとする為政者側にある―。インターネット上で批判が相次いでいることでも明らかなように、多くの人がそう考え不満を抱えている。

 事実、武漢では昨年12月以降、原因不明の肺炎患者が次々と見つかっていたが、地元の保健当局は12月31日まで公表しなかった。そして、中国政府が対策を本格化させたのは3週間後の今年1月20日以降と対応が遅かった。

 国営通信の新華社によると、共産党の最高指導部は今月3日の会議で感染症対応に誤りがあったことを認めた。指導部のこうした姿勢は異例とされている。

 それでも、中国政府や共産党は習近平国家主席(総書記)に責任が及ばないよう、苦心している。今月15日には習氏が3日に行った演説がわざわざ発表された。そこには1月7日に招集した中央政治局常務委員会で習氏が、新型肺炎の感染拡大防止策を提出するよう要求したことが書かれていた。

 対応の誤りを認めた最高指導部の会議に関しても、「党が誤りを認めた」もので習氏自身が「誤りを認めた」という風には報じられていない。言葉や表現を巧みに「ずらして」批判をかわそうという思惑が感じられる。

自宅の窓から食材を受け取る住民(上)。外出を控えて自宅待機している=13日、中国甘粛省(共同)

 ▽感染防止の意識足りない人絶えず

 中国国内のソーシャルメディアでは、本来なら新年を祝い楽しむ時期である春節に街を封鎖された武漢市民を励ます「加油(がんばれ) 武漢!」が至る所で見られた。治療に奮闘する医療関係者をたたえる言葉は今も多数発信されている。

 一方、中国政府は自らの取り組みをアピールすることに躍起になっている。国営中央テレビは「中国はこのウイルスとの戦争に必ず勝つ」のスローガンを流し続け、現地入りする李克強首相のニュースや、急ピッチで完成させた武漢の病院のニュースも大きく紹介している。ここ数日は、人気歌手がリレーで愛国ソングを歌う宣伝が繰り返し放送されている。

 日本のテレビでは、中国国内で武漢出身者に対する差別的な言動があることを取り上げる番組も多いという。だが、中国人の全てがそうではないことは知ってほしい。

 今回の騒動で特に感じたのは、市民の変化。これまでは国を信頼し頼り切っていた人々が、「市民レベル」で協力して感染防止に乗り出しているのだ。体調が悪い人に体温検査を勧めるほか、自身が住む地区の消毒を徹底するなど、自分たちの身は自分たちで守ろうという人が確実に増えている。

 とはいえ、感染防止への心構えが足りない人が多いのも事実だ。マスクを外してせきやくしゃみをしたり、路上や床にたんを吐いたりする人は残念なことに今も絶えない。旅先の日本やタイでは「安全なのでマスクをしない」と公言する中国人も少なくない。また、外出自粛が呼び掛けられているにもかかわらず、公園では多くの高齢者が体操や卓球をしている。

 中国では02年から03年にかけて、重症急性呼吸器症候群(SARS)が大流行し774人が亡くなっている。悲劇を三たび繰り返さないために市民自身で衛生意識を高める努力が今こそ求められている。

北京駅で消毒する作業員=2月13日(共同)

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