【佐々木淳コラム】ホームランはいらない

やっぱり下河原さん、かっこいいな。

10年前に高齢者住宅の運営を開始。
最初は特に高い志があったわけではないというけど、普通のビジネスマンはみんなそうですよね。彼が違うのは、その感受性の高さ。高齢者住宅の運営を通じて入居している高齢者から「死ぬ」ということ、認知症のこと、さまざまなことを学ぶ。その後、VR Angle Shiftなどの新しい事業領域を開発・拡張している。

落合氏が開発に取り組んでいた自動運転車いすを知り、「これは!」と思う。
いま介護現場に人がいない。人材紹介会社がその少ない人材を右に左に動かしても根本的な問題は解決しない。なぜ介護の世界にテクノロジーが入ってこないのか。

いきなりホームランのようなテクノロジーは存在しない。
アバターや身体拡張など、夢のような話ばかりしていても前には進まない。
バントでもいい、とにかくバッターボックスに立つ回数を増やす、塁に出るチャンスを増やす、そういうことを考えないといけない。

SOMPOのフューチャーケアラボを訪問した。
そこで最新のテクノロジーを現場で試しているというところを見学した。

上目遣いで後をついてくるロボット。何の役に立つのかわからないが、とにかくかわいい。
入浴介助が一人でできる浴槽。洗車みたいでこんなの入浴じゃない、という意見もあるかもしれないが、人手がないところでは現実的な選択肢。
車いすのように変形し移動できる、移乗する必要がないベッド。老老介護でも独居でも、これなら日常生活の質が変わる。
ベッドに寝ている人の睡眠の質をモニタリングする。良眠できている人は定期巡回する必要がなくなる。
液晶テレビを「窓」にして、高齢者住宅の入居者と家族のいる家のリビングを常時接続する。4K+5G。一緒に暮らしている感覚が共有できる。

ホームランじゃなくてバントでいい。
介護職が人出でやらなくていい仕事を少しずつテクノロジーにタスクシフトできれば、確実に未来は変わると思う。
そう下河原さんは言う。

僕もそう思う。

落合さんの運営するピクシーダストテクノロジーズは、大学で生まれた技術を、社会に存在する課題の解決のために連続的に社会実装していくことを目指しているという。「ピクシーダスト」には、「人間に知覚されない技術」というニュアンスが込められている。

落合さんと下河原さんが共同開発に取り組む自動運転車いすは、主に介護施設の中で入居者の自由な移動をサポートする。スマホで目的地を設定すると、廊下を自動走行し、目的地に到着する。複数の車載センサと施設センサによる安全制御が行われ、状態通知ランプと音声案内スピーカーを装備し、人がいれば自動停止する。

介護の仕事は三大介護、「食事」・「入浴」・「排泄」に加えて、移動や移乗、見守りや記録などが付随する。それ以外にも声掛けやレクなども含まれる。
施設介護においては、三大介護に移動を含めた直接介助に使われる時間が約6割を占める。
残る4割、つまり間接介助(見守りや巡回)、間接業務(記録や申し送りなど)はITの活用などで少しずつ効率化が進んでいるが、現状の深刻な介護人材不足を解決するまでには到底至っていない。

6割を占める本丸部分。
ここを効率化することが大きな課題であることは間違いない。

自動運転車いすは、移動にかかる介護専門職の負担軽減につながる。介護人材不足の改善に一定の役割を果たすはずだ。また、車いす利用者の移動が促進されれば、生活の充実や参加の機会の拡大につながるだろう。

そして、その進化の延長線上で、車いす利用者の外出もより自由になるだろうし、Google Mapで目的地を入力すれば、公共交通を自動的に使いこなし、そこに連れて行ってくれる、なんて未来も来るかもしれない。

ホームランを狙うのではなく、バントやヒットを重ねていく。その先に、システミックチェンジのようなダイナミックなイノベーションが生まれる。
そのプロセスと未来への道筋が見えたような気がした。

まずは一歩踏み出すことからしか始まらない。
そして最初の一歩が、いつも下河原さんだなんて、ちょっとカッコ良すぎる。

僕も頑張らねば。

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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