スペクトル干渉縞の畳み込み解析に基づくチャープした光周波数コムを用いた高解像度3Dイメージング法

プレスリリース
2020年2月17日

発信元:国立大学法人電気通信大学 情報理工学研究科基盤理工学専攻

スペクトル干渉縞の畳み込み解析に基づくチャープした光周波数コムを用いた高解像度3Dイメージング法

JST戦略的創造研究推進事業ERATOにおいて、国立大学法人電気通信大学大学院情報理工学研究科の美濃島薫教授と加藤峰士特任助教らは、チャープした光周波数コムのスペクトル干渉を用いた瞬時3次元計測手法と、簡便かつ高精度なスペクトル干渉縞解析手法を開発し、奥行き不確かさ0.35micrometerの3次元形状計測を実現しました。

発表本誌リンク:https://www.osapublishing.org/osac/abstract.cfm?uri=osac-3-1-20

美濃島研究室:http://www.femto-comb.es.uec.ac.jp/index.html

国立大学法人電気通信大学情報理工学研究科基盤理工学専攻:http://www.es.uec.ac.jp/

JST戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「美濃島知的光シンセサイザプロジェクト」(グラント番号:JPMJER1304):https://www.jst.go.jp/erato/research_area/ongoing/mch_PJ.html

1.研究の背景と概要
1)背景
距離計測法の研究では、広範囲を高精度に計測するため様々な方法が考案されてきました。近年では、光周波数コム(以下、光コム)注1)という高い制御性とコヒーレンス注2)を持った超短パルス列注3)を発生するレーザーを用いる計測方法が考案され、距離計測の精度およびダイナミックレンジが飛躍的に向上しました。光コムは、周波数領域注4)において櫛のように等間隔に並んだ広帯域のスペクトル群注5)で構成される光源であり、その間隔は、レーザーを構成する共振器内の発振モード(縦モード)間の位相関係により、極めて等しくなっています。また、時間領域注4)ではフェムト秒(fs:10-15秒)などの超短パルス列になるという特徴があります。図1に、光コムの特徴を表す時間領域と周波数領域における概念図を示します。我々ではこの光コムの様々な応用を研究しており、そのうちの1つが光コムによる瞬時3次元計測手法です。
近年、科学的・産業的に要望の大きい高精度な瞬時多点距離計測すなわち高速高精度3次元計測の実現は、従来手法を用いるだけでは困難でした。実際、瞬時多点距離計測と広範囲・高精度計測を両立することは容易ではなく、被測定物へ照射するレーザー位置、および遅延時間を連続的に変化させながら測定することが必要となるため、測定は静止対象物に制限されていました。
上記の課題を解決するため、本研究グループでは以前、計測対象までの距離情報を瞬時に色(周波数)情報に変換して取得する、高精度で広範囲に適用できる瞬時3次元計測手法を開発しました注6)(図2)。具体的には、ファイバレーザーで発生させた光コムから繰り返し出射される超短パルス列を2つに分け、一方の、パルスを形成する色(周波数)が時間とともに規則的に変化するパルス光(チャープしたパルス光)を被測定物に照射し、その反射により戻ってきた光を、もう一方の色(周波数)が変化しないパルス光(チャープのないパルス光)と干渉させます。これを分光して、スペクトル干渉と呼ばれる干渉パターンをカメラで撮影し、これを解析することで距離情報を抽出します。実際に、この方法を用いて、既知の段差を持つ被測定物(ブロックゲージ)の段差プロファイル形状計測を行い、瞬時に3次元形状を取得できることを原理的に検証しました。光コムから繰り返し発せられる精密間隔のパルス列を用いることで、大きな物体でも精度を落とすことなく測定できる点が特徴です。
一方で先行研究では、計測した信号の解析手法に課題がありました。スペクトル干渉パターンを解析するために干渉縞の微分波形を利用していましたが、この方法ではノイズに弱く計測不確かさが10µm程度になってしまう点や、計算コストが高く高速処理が難しいといった点は、高精度かつ実用的な計測手法を確立する上で解決しなければなりません。

2)研究の概要
先行研究での課題を解決するため、本研究では、スペクトル干渉縞の自己相関を求めるだけで解析を行う新しい手法を考案しました。この手法は計測したスペクトル干渉縞に現れる左右対称なパターンに注目し、相関を求めることでこのパターンの中心位置(中心波長)を決定するという手法です。計算は非常に単純で、自分自身の波形の畳み込みを計算するだけであり、高速フーリエ変換等の複雑な計算が不要となります。図3は実際に計測された分光画像(図3(a))と、そのうち1点についての相関信号を示しています(図3(b))。この信号が示すように、スペクトル干渉縞の中心位置に鋭いピークが1つだけ立つので、中心波長を容易に特定できます。また、この計算は全体のパターンを見ることになるため、多少のノイズが混入しても安定してピークが立ち、中心波長を特定できます。
実際の計測の前に中心波長と奥行距離の関係を表す校正曲線を得るため、平面ミラーを対象物としてディレイステージによる光路長変化を与えて、干渉縞変化を解析しました。図4に、校正曲線を得るための実験結果を示します。図4(a)は計測された分光画像であり、図中の白点線の空間位置に注目して光路長変化を与えたときの解析結果が図4(b)です。図4(b)が示すように、図3(b)のようなピークが明るい色で表されており、その位置は光路長変化(横軸)とともに相関軸(縦軸)上を移動していることがわかります。図4(c)ではこのピーク位置を黄色のマーカーで表示しており、多項式近似で関数化した赤線を校正曲線として利用しました。このときの不確かさが0.35µmであるため、本研究で提案した手法はsub-µmの計測精度があることを示しています。
この解析手法と校正曲線を用いて、図5に示すような3次元計測を行いました。実験では10円玉の表面形状をラインスキャンによって計測しました(図5(a))。これは、使用した分光器が1次元分光器であったため、実際には1つの超短パルス内に同時記録されていた3次元情報を、1度に読み出せなかったためです。これについては、バンドルファイバを用いた2次元分光法などを用いることで、3次元情報を1度に読み出せることを別途示しています。図5(b)が実際に計測した10円玉の3次元像であり、図5(c)がその拡大図です。奥行約45µmの構造が計測出来ました。
本手法の特徴の1つは、奥行き精度と平面方向の分解能が原理的に独立しているため、定量的な設計や精度評価が可能な点です。奥行き精度はスペクトル干渉縞が示す光の位相レベルとなるため、原理的にはnmレベルまで到達可能です。実際本手法によってスペクトル干渉縞の解析精度を向上させることで、先行研究より2桁向上しました。一方平面方向の分解能は、レンズ系の像の分解能で決まります。これは市販のカメラレンズと同様に、従来の光学特性に基づいた設計が適用できることを意味し、理論的には回折限界で決まります。本研究で使用した光源は波長1.5µmであるため、分解能は0.7µm程度まで高めることが出来ます。このように、既存のレンズ系で撮影可能な像であれば、本手法によって瞬時3次元計測へ展開可能であり、極めて汎用性の高い手法の実現が期待されます。

2.研究の成果と意義・今後の展開
チャープした光コムを用いたスペクトル干渉による瞬時3次元計測方法をさらに高精度化し、計測後の処理を簡便にするため、相関を利用した新しいスペクトル干渉縞の解析方法を開発しました。その結果、先行研究より2桁も小さい0.35µmの奥行き不確かさを実現し、高精度な硬貨の表面計測に成功しました。また、光コムの高い制御性とコヒーレンスを利用することで、奥行き測定範囲のさらなる拡大が可能となります。
この原理を応用することにより、非常に小さな物体から大きい物体までの被測定物の高速3次元データ取得、特に、ものづくりにおけるメートル規模の対象物や長辺と短辺の比が大きい形状物の精密計測、さらにはレーザーによる加工や物質改変における単発現象のイメージング、衝撃波発生のような瞬間イメージングなどを実現することが期待されます。

3.論文情報
タイトル:High-resolution3D imaging method using chirped optical frequency combs based onconvolution analysis of the spectral interference fringe
著者:TakashiKato, Megumi Uchida, Yurina Tanaka, and Kaoru Minoshima
掲載誌:OSAContinuum
公開日:2019年12月20日
本誌リンク:https://www.osapublishing.org/osac/abstract.cfm?uri=osac-3-1-20

<参考図>

図1 時間領域と周波数領域における光コム
(a)は時間領域での光コム波形で、4つの光パルスが描かれている。赤色の曲線はキャリア(搬送波)と呼ばれる光電場波形で、それに接する青色の曲線はエンベロープ(包絡線)と呼ばれる。
(b)は周波数領域での光コムのスペクトルで、その波形は櫛(Comb)のような形をしている。周波数領域における櫛1本1本の間隔がfrepであり、この櫛を仮想的に左端(0ヘルツ)まで並べた時の余りがfceoである。一方、時間領域では光パルス1個1個の間隔がfrepで決まり、キャリア波形が1周して元に戻る周期がfceoで決まる。

図2 スペクトル干渉を用いた距離測定方法の原理
チャープパルス(①)を被測定物に照射すると(②)、その反射光は被測定物の段差に応じて遅延時間が発生する(③)。それをチャープフリーパルスと重ね合わせると(④)、パルスが重なるタイミングによって干渉縞パターン(⑨)が変化する。それぞれの干渉縞の周波数が最も小さくなる波長(⑨の点線)を求めれば、遅延時間すなわち被測定物との距離を測定することができる(⑩)。

図3 相関を用いたスペクトル干渉画像の解析手法の適応例 (a)計測された分光画像。横軸が波長、縦軸が空間を表す。(b)畳み込みによる相関信号。(a)の黒点線が示す、ある空間点のスペクトル干渉縞の相関を求めると、このように縞模様の中心位置に鋭いピークが立つ。

図4 相関を用いた解析手法によるスペクトル干渉縞の解析結果。ここでは中心波長と奥行距離との関係を表す校正曲線を求めるため、平面ミラーを用いてディレイステージによる光路長変化を与えて計測した。(a)実際に計測されたスペクトル干渉画像。中央に特徴的な縞パターンが現れている。この白点線の空間位置に注目して、光路長変化を与えたときの解析結果が(b)。(b)解析で得られた光路長変化に対する相関信号の変化。横軸が光路長変化量で縦軸が相関位置。強いピークが距離の変化とともに位置を変えている。(c)各光路長変化に対して中心波長を検出してプロットした図。741µmの範囲に渡って中心波長を安定して検出出来た。ここで多項式近似を用いてこの関係を関数化し、赤線のような校正曲線を得た。

図5 ラインスキャンによる硬貨表面の3次元計測例。(a)1次元分光器を用いるため、対象物をこのようにラインスキャンすることにより、超短パルスに同時記録された3次元情報を読み出した。(b)10円玉の3次元計測結果と、(c)その拡大図。奥行45µm程度の構造が確かに計測されていることがわかる。

4.用語解説
注1)
光コムを特徴づけるパラメータは、スペクトル間隔周波数frepとキャリアエンベロープオフセット周波数fceoである(図1(b))。frepは超短パルス列の時間軸における繰り返し周波数を、fceoは発振モードをfrep間隔で仮想的にゼロ周波数まで並べたときの余りに相当する周波数を意味する。超短パルスレーザーであることを利用し、フェムト秒領域に局在したエンベロープとエンベロープ内部のキャリアの干渉を用いれば、高精度な長さ計測が可能となる。さらに光コムでは、極めて高いコヒーレンスを持つため、図1の櫛の歯に相当する各周波数モードが、同一パルスだけでなく、大きく離れたパルス同士であっても干渉できるので、パルス幅以上の長距離にわたって同様の干渉計測が可能となり、計測可能な距離の範囲を大きく拡大することができる。

注2)コヒーレンス
波と波が重なり合う時、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質がある。この性質を干渉性があるといい、干渉のしやすさをコヒーレンスという。

注3)超短パルス列
超短パルスとは、その名の通り非常に短いパルスのことで、特に数ピコ秒以下のパルスのことを超短パルスと呼ぶ。それらが高いコヒーレンスを保って等間隔に時間的に連なると、光コムとなり、時間上では超短パルス列となる。

注4)周波数領域、時間領域
光パルスは、様々な周波数(色)の光がきれいに重なることで時間的に短いパルスを形成する。このようなパルスを理解するには、図1のように時間とともに変化する波形(図1(a))と、周波数とともに変化する波形(図1(b))の2種類を知る必要があり、それぞれを時間領域、周波数領域と呼ぶ。

注5)スペクトル
光の波長ごとの強度分布をスペクトルと呼ぶ。

注6)光コムによる瞬時3次元計測
光コムの超短パルス列を利用した超高速・高精度かつ高ダイナミックレンジを有する3次元計測手法。光コムを世界で初めて瞬時形状計測に応用した。
T. Kato, M. Uchida,K. Minoshima, No-scanning 3D measurement method using ultrafastdimensional conversion with a chirped optical frequency comb.Scientific Reports 7, 3670-3670 (2017).
https://www.nature.com/articles/s41598-017-03953-w