「人道援助活動を続ける必要がある」紛争が激化し、厳しい生活を強いられている人びと

物資の配給を待つ避難者 © Igor Barbero/MSF

物資の配給を待つ避難者 © Igor Barbero/MSF

ルイス・エギルス © Ivan Muñoz / MSF

ルイス・エギルス © Ivan Muñoz / MSF

 紛争が激化しているナイジェリア北東部ボルノ州。2017年9月からナイジェリアで国境なき医師団(MSF)で活動責任者を務めるルイス・エギルスは、「紛争は激化している。現地の状況に改善の兆しは見られない。とりわけ急務で、重大で、明らかなニーズがボルノ州ではただただ放置されている」と指摘。「MSFが、緊急医療・人道援助を届ける活動を継続しなければならないことは確かだ」と語る。北東部で続く、人道危機の現状とは———。

ボルノ州の住民にとって、状況は改善したのでしょうか?

北東部ボルノ州にあるMSFの病院で治療を受ける子どもとその母親=2017年 © Anna Surinyach/MSF

北東部ボルノ州にあるMSFの病院で治療を受ける子どもとその母親=2017年 © Anna Surinyach/MSF

「非国家武装勢力とナイジェリア軍との間の紛争は10年を超え、状況は悪化の一途をたどっています。衝突が激化し、ニーズは膨大です。国連の推計によると、これまでに200万人余りが暴力で住まいを追われ、700万人余りの生存が人道援助に頼り切りだといいます。最も重大な問題は、非国家武装勢力の支配地域で暮らす人が、100万人余りいることです。人道援助団体も立ち入れない地域で、住民は一切の援助を受けていません。紛争に目新しさはないかもしれませんが、今そこにある危機は極めつけのもので、それが現在も続いています。MSFのプロジェクトでも、この紛争が人類にもたらす影響を目のあたりにしています」

ナイジェリアで人道援助を行う際の主な問題は?

「過去何カ月かで、明らかに治安が悪化しました。人道援助団体にとって、援助対象者に適切な援助を提供することが難しい問題です。人道援助団体は、暴力に脅かされています。痛ましいことですが、スタッフの殺害や拉致が増えているだけに、州都マイドゥグリの外ではごく限られた援助しか行われていません。その一方で、ナイジェリアの対テロ法が、人道的な活動とその原則の深刻な足かせとなっています」

人びとの主なニーズは?

屋外で夕食の準備をするプルカで避難生活を送る女性たち © Igor Barbero/MSF

屋外で夕食の準備をするプルカで避難生活を送る女性たち © Igor Barbero/MSF

「ナイジェリア軍の統制下にある『ガリソン・タウン(駐屯町)』でも、深刻なニーズが満たされていません。深刻なニーズに特に当てはまるのが、保健医療、清潔な水、住居、保護です。人びとは多くの場合、生き残りを人道援助に頼り切っています。プルカの町を例に挙げると、紛争ぼっ発後、人口は3倍に増加し、農地が足りません。また、各町の軍事警備区域の外に出ることも禁止されています。もし出れば、非国家武装勢力に襲われたり、ナイジェリア軍から武装勢力の一員と見なされたりする危険があるのです。そして、軍の駐屯する町の外には、さらに大きなニーズがあるでしょう。そこでは、紛争が始まって以来、100万人余りが人道援助を受けられずにいます」

プルカやグオゥザのような場所では、弱い立場にある人びとの保護に携わっていますね。

「プロジェクトの一環で、医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療をするアウトリーチ活動を展開しています。アウトリーチ活動では、特に立場が弱く、暴力や搾取に遭いやすかったり、基本的な権利や福祉が認められなかったりする人びとを見つけ出します。最優先するのは、医学的ケアの確保です。またニーズに基づき、児童保護などの適切な援助や公共サービスを担保できる組織を探します。これは軍の駐屯する町に、たった1人でたどり着く未成年の場合、特に重要になります。そうした子どもたちはたいてい、暴力的な事件を複数回経験しており、今後も虐待の被害者になる可能性が大きいためです」

性暴力も増えていますか?

「確認できる性暴力被害の事例は増えています。なぜなら、ようやく、被害に遭った人びとに接触できるようになったからです。

性暴力被害者はたいてい、偏見や不安があるため、医療機関できちんとした手当てを受けようとはしません。私たちのアウトリーチ・保護活動では、地元民との信頼に基づく関係性の構築に努めてきました。よく知られている通り、通常、紛争下の女性と子どもは特に暴力にさらされやすくなります。MSFも、性暴力の被害者に対応することが増えています。性暴力加害者は、この紛争に関わるどのグループにもいます。現状では、性虐待を防いだり、性被害を軽減したりする、被害者を保護する仕組みが全くありません」

経済的資源のないことも、人びとをさらに困窮させているのでしょうか?

ボルノ州バマの町にあるMSFの診療所で、マラリアの治療を受ける女性 © Scott Hamilton/MSF

ボルノ州バマの町にあるMSFの診療所で、マラリアの治療を受ける女性 © Scott Hamilton/MSF

「もちろんです。食料、燃料、水などを十分に持たない避難民は、そうでない人たちよりも、ずっと搾取や虐待に遭いやすい立場に置かれます。先ほどお話ししたように、食料や薪などの必需品を求めて軍事警備区域の外に出ることは相当な危険を伴い、これを実行した人の多くが武装勢力の襲撃に遭っています。

そうした危険があり、現状は依然として緊急事態であるにもかかわらず、一部の活動関係者が人道援助ではなく、開発関連のプログラムを開始してしまいました。安全が確保されていない中ですから、人びとを余計な危険にさらしています。開発ニーズに関わる条件の推移を受けて、食料配給が部分的に削減されたのも、その一例です。こうなると、人びとがたびたび警備区域を出て、自力で食料を調達しようとする可能性が飛躍的に高まります」

軍の駐屯する町に避難して来る人はまだいるのでしょうか?

「プルカやグオゥザのような軍の駐屯する町への避難者は今もいますが、非国家武装勢力の支配地域から落ち延びてくる人の数は減っています。現在の私たちが対応する中で比較的多いのは、今回が2回目ないし3回目の移動で、軍の統制下にある他の町から、こちらにたどり着いた人びとです。心配なのは、政府の推す施策のせいで、人びとが最低限の公共サービスも得られず、治安の乱れが進んでいる場所に追い返されたり、押しとどめられたりすることです」

ナイジェリアで活動責任者を2年半務めて、現在のボルノ州の人道状況についてどう思いますか。

避難民キャンプで生活する赤ちゃんの健康状態を確かめるMSFスタッフ © Yuna Cho/MSF

避難民キャンプで生活する赤ちゃんの健康状態を確かめるMSFスタッフ © Yuna Cho/MSF

「現在の状況に、改善の兆しは見られません。ボルノ州では、最も緊急で、重大で、明らかなニーズが、ただただ放置されています。紛争が激化しており、緊急医療・人道援助を届けるMSFの活動を、維持しなければならないことは確かです。しかしながら、この危機の深刻さに、ナイジェリア政府と国際社会の関係者は適切に対応していません。人道的な対応を求めて、引き続き活動していく必要もあるでしょう。現段階では、最も基本的なニーズや人命救助を優先すべきです。この危機の緊急性を侮っていけません。近年でも類を見ないほど、切迫した事態であることに変わりはないのです」

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本