アボリジニの画家はなぜ下書きをしなくても絵を描けるのか

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黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、アボリジナルアート・コーディネーターの内田真弓が出演。アボリジニとアボリジナルアートの関係について語った。

ニッポン放送「あさナビ」

黒木)今週のゲストはアボリジナルアート・コーディネーターの内田真弓さんです。アボリジナルアートを日本に紹介するお仕事をされている内田さんですが、18日まで伊勢丹新宿店でアート展が開催されました。

内田)日本できちんと照明があたり、額装されている絵がどうやって東京の新宿までやって来たのか、というお話をします。

黒木)アボリジニの方々の市民権が1970年代に獲得された。50年ほど前の、つい最近のことですよね。それまで不幸な出来事はあったのですか?

内田)人間以下の扱いをされていたころもありました。オーストラリアの政策の一環として市民権を取得し、彼らのなかでアボリジナルアートは、社会とつながる1つのツールになっています。彼らが自分の存在意義を確認できるものが、アートだと思います。それまではアボリジニであるがために飛行機にも乗れない、映画館からも追い出されるような時代を経験していました。そんな彼らだからこそ、私はいまこうやって彼らの描いた絵を伝えるという使命感を抱いているのです。

黒木)そうやって外の世界とつながっても大丈夫なのですか?

内田)いまのアボリジニの若者たちは、街へ行ってYouTubeで遊ぶような現代人です。狩りもしますが、街ではハンバーガーも食べます。

黒木)時代を受け入れるキャパシティがあるということですか?

内田)もちろん、彼らのなかに守って行かなければならないものは確固としてあります。アボリジニの方たちも好奇心で外には出ますが、やはり自分の生まれた場所、故郷への思いは消え去らないと私は思います。

黒木)すごいアートなのですね。

内田)今回、日本へ持って来た70点の作品で、誰も下書きをしていません。自分の頭のなかに組み込まれているもので描きます。

黒木)DNAが描かせているのですね。

内田)そうだと思います。見ていて深い命を感じます。

ニッポン放送「あさナビ」

内田真弓(うちだ・まゆみ)/アボリジナルアート・コーディネーター

■航空会社に勤務後、1993年、アメリカへ1年間語学留学。
■1994年、ボランティアの日本語教師としてオーストラリアへ。日本帰国直前に先住民アボリジニアートに衝撃的に出会い、深く魅せられる。
■メルボルン市内のアボリジニアートギャラリーで6年間勤務したあと2000年に独立起業し、「ART SPACE LAND OF DREAMS」を立ち上げ。
■メルボルンを拠点に、日本での展示会プロデュース、アートの販売、講演、メディアの撮影コーディネート等を行うアボリジニアートのパイオニア的存在。
■2008年にはKKベストセラーズより『砂漠で見つけた夢』を出版。
■1年の大半をアボリジニの人々と多くの時間を過ごしています。

<アボリジナル・アート>
■大自然のなかで狩猟・採集生活をしていたオーストラリア先住民が、情報の記録や伝達のために使った絵画表現。
■彼等は、絵を描くことでコミュニケーションをとり、もともと天然の粘土を使い、砂絵、ボディペインティング、また岩壁などに絵を描き生活手段として使われて来た。
■70年代に西洋のアクリル絵具とキャンバスによって描かれはじめたのが「アボリジナルアート」の始まりとされる。