クルーズ船の感染対策のリアルは?ネット上で医師が異例の討論

(写真)大型客船ダイヤモンド・プリンセス号 (横浜市中区海岸通) posted by (C)Rubber Soul

 横浜港大黒ふ頭にて検疫中の大型客船ダイヤモンド・プリンセス号における感染防止対策について、インターネット上で医師同士が議論を繰り広げる異例の事態が起きている。しかも論客は現場からの「助けを求める声」に応じて船内に入った感染症対策の専門家と、現在船内にも入っている厚生労働省の対策チームの幹部だ。現場を生で見ているもの同士、同じ感染症対策の専門家の医師同士がなぜこのような対立に至ったのか。経緯を追う。

きっかけは突然の動画告発(今は削除)

事態のきっかけは、医師の岩田健太郎氏(神戸大学病院感染症内科教授)が突然YouTubeに掲載した動画だ。船内に入ったが「追い出された」とし、船内の感染防止対策が不十分だと告発した内容で、たちまち拡散され地上波のテレビ番組でもまたたくまに取り上げられる事態となった。

岩田氏は日本感染症学会認定感染症専門医で、海外(特にアフリカ)での臨床経験も豊富であり、世界的にも一流の専門家と認知されている存在である。現在は本人の意思により削除されたようだが、全文書き起こしは以下で確認できる。

岩田氏が訴えた内容はこうだ。現場からの助けてほしいという声に応じて関係各所と協議し、感染症対策をみるスタッフとしてではなく船内でメインに活動しているDMAT(災害派遣医療チーム)の一員として入った。しかし素性を知った現場トップからは、打って変わって感染症について助言を求められ、自分の専門知識と経験を周囲に伝えたところ「追い出された」というのだ。そして現在の船内の状況について、ウイルス拡散防止の観点からまったく十分ではなく、「ものすごい悲惨な状態で、心の底から怖いと思いました」と述懐した。現在は自らの判断で自己隔離の措置を取っているという。

この内容は大きな反響を呼び、たちまち拡散。岩田氏は2月19日夜のニュースで電話取材を受けるなど、動画だけでなく積極的に各マスコミに出て批判を繰り広げた。

 

船内に招き入れた「当事者」がFacebookに投稿

この状況に、もうひとりの当事者が2月19日深夜にFacebookへ反論とみられる投稿を行った。投稿の主は、厚生労働省技術参与としてダイヤモンド・プリンセス号の現場対策にも関わっている高山義浩氏(沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科副部長)だ。岩田氏が船内に入れないかと要請を行った時、厚労省側で検討を行った本人である。

高山氏も感染症の専門家であり、臨床に身を投じる前はライターとして世界を巡っており、SNSでも積極的に発信するこの領域では有名なインフルエンサーの1人だ。明日(2月20日)も船内に入るという彼が、高山氏の発言内容を一部否定しつつ、以下のように「追い出した」経緯を明かした。

ただ、船には、DMATのみならず、厚労省も、自衛隊も、何より船長をはじめとした船会社など、多くの意思決定プロセスがあります。その複雑さを理解されず、私との約束を反故にされました。せめて、私に電話で相談いただければ良かったんですが、そのまま感染対策のアドバイスを各方面に始めてしまわれたようです。

結果的に何が起きたか・・・、現場が困惑してしまって、あの方がいると仕事ができないということで、下船させられてしまったという経緯です。もちろん、岩田先生の感染症医としてのアドバイスは、おおむね妥当だったろうと思います。ただ、正しいだけでは組織は動きません。とくに、危機管理の最中にあっては、信頼されることが何より大切です。

高山氏本人もFacebookの投稿に反応

どちらも医療の世界では有名人だけに、このFacebookの投稿にはすぐさま多くの人が反応したが、反応した中にはなんと岩田氏もいた。どちらも専門家として言葉を選びながらであったが、概ね「岩田氏の指摘は正鵠を射ていたが、乗客の下船開始というタスクでチームが忙殺される中、オペレーションを無視してスタンドプレーをしてしまった」というのが本当のところのようだ。しかし当人同士の以下のやりとりが示すように、現場で従事するチーム、乗客乗員のが感染症のリスクを排除できているのかという観点では、多くの課題があることが示されている。

岩田 健太郎 彼と公の場で議論するのはよくないし目標でもないので細かいことへの反論はしません。ただ大きな誤解あるといけないので一点だけ。高山先生は「実際はゾーニングはしっかり行われています。完全ではないにせよ」とお書きになっていますができてなかったのは事実でよって感染の危険を強く感じました。派遣前「クルーズ船の中の本部を外に出すようぜひ進言してほしい。私も何度も主張しているのですが」とおっしゃったのは高山先生です

 

また、当該Facebookのコメントで以前見られていて削除されていた部分もある。昨夜時点では閲覧可能だったこの部分が、現在閲覧できていない。このコメントの端緒は岩田氏なので、岩田氏が削除した可能性もあるが、誰が削除したのかは判然としない。

 

なお、昨夜この反響を受け、NHKでは以前船内に立ち寄り活動に従事した医療関係者複数の話を聞いていた。彼らの話ではゾーニングについては不十分であると感じていたようで、なかには「これは感染するだろうな」と発言していた者もいた。確かにその後、神奈川県の職員も含め、船内で従事していた関係者が感染してしまったことは事実である。

動画は削除されたが、岩田氏は本日2月20日、日本外国特派員協会で会見を行う。彼には研究者、臨床家としての冷静な提言を求めたい。

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