え、失恋がきっかけ!? 狂気の真っ昼間スリラー『ミッドサマー』誕生秘話をアリ・アスター監督が語る

『ミッドサマー』アリ・アスター監督

その斬新な恐怖表現によって「現代最恐のホラーだ!」「よくわかんないけど超ヤダ」「むしろ爆笑した」と世界中で議論百出となった傑作ホラー『ヘレディタリー/継承』(2018年)のアリ・アスター監督が、待望の新作『ミッドサマー』(2019年)を引っさげて来日! スリラー映画にも関わらず、どピーカンな作品ビジュアルが公開されるや「今回も狂ってる!」と大きな話題を呼んだ本作について、柔らかな物腰が逆に怖いアリ・アスター監督に聞いた。

『ミッドサマー』© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

「恋人と別れたばかりで、それを描写する手段を探していたんです」

―前作『ヘレディタリー/継承』と同じく、『ミッドサマー』も脳裏に焼きつくような作品でした。

そういう感想を持ってもらえたのは嬉しいです。僕が若い頃に大好きだった映画は、ずっと脳裏に焼きつくようなものばかりでした。こういった映画は、最後に「ホラー映画だから大丈夫だよ。終わったらもう日常だから、家に帰っていいよ」と安心させるものが多い。だけど僕は、いつまでも観客の脳裏に残って、ずっと考えてしまうような作品が好き。だから、そう言ってもらえると嬉しいですね。

『ミッドサマー』© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

―『ミッドサマー』はご自身の経験がもとになっているそうですが、詳しく教えていただけますか?

当時、恋人と別れたばかりで、それを描写する手段を探していました。なぜなら僕は、自らの体験をストレートに伝えることが苦手で、必ず何かしらのフィルターを通す必要があるんです。

それと同じ頃、スウェーデンの制作会社<B-Reel>から連絡がありました。スウェーデンの“夏至祭”を訪れたアメリカ人が悲劇に巻き込まれるという、民間伝承をベースにしたスリラー映画を作りたいという打診でした。もし僕がそのとき、失恋を表現する術を探し求めていなければ、彼らの提案に惹かれなかったかもしれない。でも「これはちょうどいい枠組みなる」と感じて、そこから一気に道が開けました。

『ミッドサマー』© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

『ミッドサマー』には“人が犠牲になる”という隠喩が出てくるんですが、それは共依存や失敗した恋愛、常に犠牲を要する人間関係という、僕が語りたいと思っていたことを伝えるのにぴったりだったんです。そうしていくつもの偶然が重なり、僕のパーソナルな体験が、「見知らぬ土地にやって来た若者たちが一人ずつ犠牲になる」という、民間伝承ベースのスリラーに進化していきました。

『ミッドサマー』アリ・アスター監督

―短編を作られていた頃から「家族」をテーマにした作品が多いですが、ご自身のご家族の経験から着想を得ているのでしょうか?

作家としては、自分がまったく体験していないことを物語にするのはとても難しいですね。私たちは、自分の体験から着想した物語しか書けないと思うんです。自分の経験や哲学、視点から離れていくほど苦しくなっていきます。今まで手掛けた作品には、僕の家族や僕自身の経験が描かれていると思いますし、自分に自覚がないレベルで作品に反映されていることもあるでしょう。家族というのは色んなアイディアが出やすいテーマで、ドラマ作品を作る際に欠かせないものです。この先ずっと家族をテーマに作品を作っていったとしても、まだまだ語れることがあると思います。

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「小さくネタバレが隠されていますが、一度観ただけでは分からないと思います(笑)」

―衣装や花の装飾などプロダクションデザインが素晴らしいですが、その美しさを生み出すうえでのこだわりは?

安定感や豊かな歴史があり、何百年も前から伝統が続いているコミュニティにしたかったんです。同時に、この村はまるでダニー(フローレンス・ピュー)の要求を満たすために存在するかのような錯覚を与えたかった。だからファンタジー要素があり、熱にうなされている時に見る幻覚のようにも感じられる、リアリティのある場所として見せようとしたんです。

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あの村はわずか2か月で、すべてゼロから作ったんです。壁画はスウェーデン人アーティストたちに依頼しました。中心人物のラグナー・パーソン(Ragnar Persson)はすばらしい仕事をしてくれましたよ。オープニングの壁画は、ム・パン(Mu Pan)という天才的な現代アーティストが手掛けたものです。

『ミッドサマー』© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.
『ミッドサマー』© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

壁や背景には、ストーリーが向う方向性を示している預言的要素が隠されています。それを考えるのは楽しかったですね。映画の内容をバラしているものの、後ろのほうに小さく映るだけなので、もう一度観ないと意味は分からないはずです。2度目があればの話ですけど(笑)。避けられない運命や変えられない結末に向かっていく場合、またジャンルでストーリーの行方がすでに定まっている場合には、そういった預言的かつ補足的な要素を散りばめることに、僕は喜びを見いだしているんです。

『ミッドサマー』アリ・アスター監督

撮影:町田千秋

『ミッドサマー』は2020年2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

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