岩崎良美の飾らない魅力、歌と共に歩み続ける80年代アイドル界の安打製造機 1980年 2月21日 岩崎良美のデビューシングル「赤と黒」がリリースされた日

山口百恵が引退した1980年、「宏美の妹」としてデビュー!

1980年の歌謡界における大きな出来事と言えばやはり何と言っても、“山口百恵の引退” と “松田聖子のデビュー” だろう。この年、百恵ちゃんの引退が10月と迫っていたこともあり、様々な女性アイドルがデビューしてはポスト百恵の座を狙うべく凌ぎを削っていた。4月デビューの松田聖子を筆頭に、河合奈保子、柏原よしえ、三原順子、甲斐智枝美、浜田朱里、鹿取容子、石坂智子などがデビュー。

今思えば、女性アイドル豊作年で知られる “1982年組” にも劣らない顔ぶれだ。そんな80年組の中で先陣を切って登場したのが岩崎良美だった。シングル「赤と黒」で、岩崎宏美の妹として鳴り物入りで歌手デビュー。この2020年で40周年である。

アイドルだけど“虚像いや”、作品で勝負する19才

実は先日僕は、彼女がゲストとして出演したイベント『レッツゴーヤングフォーエバー2020』を観覧する機会を得て、懐かしい歌の数々やトークを楽しませて頂いた。この日は「赤と黒」の歌唱は無かったのだが、トークコーナーでは1980年当時の、デビュー曲選定に関する話題も出た。「デビュー曲は、(B面になった)小田裕一郎さん作曲の「クライマックス」を推す声も多かったけど、私は「赤と黒」が大好きでこっちを希望したんです」と、当時の彼女のこだわりが感じられるような秘話も飛び出した。

そんな彼女の、デビュー時の様子が垣間見える1980年10月の、『日本経済新聞』のインタビュー記事がある。タイトルは、「“虚像いや” と新アイドル / “芸能界って難しい” 作品で勝負する十九才」。インタビューの中で彼女は「虚像を作られちゃって、それがもたなくなっちゃったらこわいな、と思いますから」と語り、「自分の納得できる作品でがんばっていきたい」と続けている。

何やら、新人にもかかわらず、とっても地に足が着いている。これは僕の偏見かもしれないが、姉より妹が、兄より弟の方が性格的にしっかりしていたり、落ち着きがあるというパターンは、芸能界では結構多いように思う。

ヒットチャートでは苦戦、しかし地味ながらも上質な作品群

80年代アイドルに、もしプロ野球の “名球会” のような機関があったら、彼女は間違いなく会員資格を有しているだろう。だがそれは、松井や清原のような大砲としてではなく、コツコツ安打を積み重ねて2000本安打を達成した福浦和也のポジションだ。

実際、そこに至るまでの道のりは比較的地味であり、彼女が『ザ・ベストテン』にランクインしたのは意外なことに「涼風」の1曲(ギリギリ10位で2週)しか無く、代表曲の「タッチ」でもザ・ベストテンでの最高位は14位止まりであった。

しかし、80年代前半の、地味ながらも上質な彼女の作品群は、40年経った今でも、大変掘り起し甲斐のあるクオリティーの高い物ばかりである。松田聖子のような大ヒットは少なかったかもしれないが、彼女は玄人受けする “80年代アイドル界の安打製造機” だったと言っても過言ではないだろう。

80年代の隠れた名盤、金井夕子も詞を提供した5thアルバム「Cecile」

そんな良美さん、先日のイベントで、「大人になったと感じた曲は」との問いかけに対し、「どきどき旅行」と、ちょっと意外な曲を挙げていた。この曲がリリースされた1982年頃は、作家陣に加藤和彦や尾崎亜美を迎え、ヨーロピアンで上質なポップスにシフトしていた時期。この時期に彼女がリリースしたアルバム群はどれも素晴らしいが、僕が個人的にどれかひとつ選ぶとするならば、この「どきどき旅行」も収録した、1982年の5thアルバム『Cecile』を推したい。

余談だが、1982年の初夏は、80年組の女性アイドルがこぞって夏を先取りしたようなアルバムをリリースしている。5月は松田聖子『Pineapple』、6月は柏原よしえ『サマー・センセイション』、7月は河合奈保子『サマー・ヒロイン』。そして岩崎良美の『Cecile』も丁度これらと同じ時期に発売された。これら4枚を並べた時に気づくことは、岩崎良美だけジャケット写真が顔のアップではないと言うことだ。この辺りからも彼女がアーティスティックな戦略を取っていた様子が伺える。これら、4者4様のアルバムは全て、現在サブスクリプション等で配信もされており、改めて聴き比べてみるのも一興だろう。

『Cecile』収録曲は、安井かずみ / 加藤和彦コンビによる楽曲が半数を占め、歌うには難易度の高そうな曲が多いのだが、アルバム全体に漂う、南欧の青い空と海からの柔らかな風、そして光のつぶてが見えてくるかのような彼女の伸びやかなボーカルはすべてが心地よく、特に1曲目の「Vacance」から2曲目の「愛してモナムール」への流れは最高と言える。

ちなみに、「Vacance」の作詞クレジットにある “青木茗(あおき めい)” の正体は「パステルラヴ」のヒットで知られる金井夕子だ。70年代の実力派アイドルだった金井夕子が、80年代の実力派アイドルである岩崎良美に詞を提供していたという事実は、何か因縁めいたものを感じてしまう。

ほとばしる歌う喜び!フレンチポップスに垣間見た40年目の岩崎良美

現在、フランス語を勉強中だと語っていた彼女、この日のイベントでは「涼風」「タッチ」といった代表曲も聴くことができたのだが、原田真二とのコラボで披露された、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」、これが素晴らしかった。フレンチポップスを歌うその姿は実に楽しそうで、曲に対する好きな気持ちと、歌を歌うことの喜びが溢れるほどに伝わってきて、客席の僕も思わず胸が熱くなった。

スタンダールの同名の小説を素材にしたデビュー曲「赤と黒」から40年、ここに来てフランス語曲に辿り着いた事は偶然なのか必然なのか、それは彼女自身にしか解らないことだろうが、僕個人としてはもう少し、彼女の歌うフレンチポップスを聴いてみたくなった。

デビュー当時、アイドルを “虚像” として客観的に捉えていた岩崎良美は、40年経った今でも自分らしいペースで、昔と変わらず、地に足の着いた歩みを続けているようだ。僕が見た彼女の歌う姿は、“虚像” とは無縁な、限りなく “実像” の岩崎良美そのものだった。

カタリベ: 古木秀典

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