【大分の窓】「大分的生きやすさ」その2

去年の春、僕はAPU(立命館アジア太平洋大学)を卒業し、都会へと就職した。 そしてその一年後、ここ大分へとまた戻ってきていた。

大分的生きやすさとは何か。 僕にもハッキリとそれが何かは分からない。でもこの街には生きやすさがあり、それが不思議だ。僕は大分県出身でもないし、それこそ大学に入学するまで来たことすらなかった。でもこうやってまたここで生きようと思い帰ってきた。それこそ都会での仕事も辞め、特にあてがあるわけでもないが、 「まあ、なんとかなるよな!」と意気揚々とフェリーに乗り帰ってきた。

大好きな別府の飲食店や温泉に行くと、 「あら!おかえり。遅かったじゃないの!」 と笑って迎えてくれる。そんなこの街が僕は好きだ。そして今こうやって生きることができている。仕事も頂けて、おうちもあり、温泉に浸かり、飯を食い、深呼吸をすることができている。

「大分は余白のある場所」だと「会いましょう。」プロデューサーの松田さんがおっしゃっていたが、僕もそう思う。ただの大自然のある田舎街でもなければ、大都市でもない、まだ何にでもなれるし、何にでも変幻できる余白とこの街と人は生きている。急がず焦らず、色を塗りすぎず、隙間や余白を残しながら、でもほんの少しだけ変わっていく。

そんなまだ誰にも塗られていない余白の匂いにつられ、大分には多くの面白いひとが集まってくる。移住するひともいれば、定期的に遊びに来るひと、僕みたいに帰ってくるひと、様々だ。

「謎は謎のままがいい。」大分の名物お土産、大分とり天せんべいのこのコピーを聞いたときに、僕は衝撃だった。なんて素敵なコピーなのだと。謎も余白のひとつだと思う。分からないからロマンがあふれ、夢が膨らむ。知らない分からない、それを自然と享受できてしまうこの街は最高にかっこいいと僕は思う。

そんな今日もこの街には湯気が上がり、山からのそよ風は人々の隙間を泳いでゆき、大きな海は僕たちのいつもすぐそばで居てくれる。 僕は自分という真っ裸なありのままの僕でいられる。

温泉に入ればみんなおんなじで、どこの誰かなんてどうでもいいってことをこの街は教えてくれた。 僕はこの街に浸かる。 そうやってゆっくりとゆっくりと僕はこの街に溶け出してゆく、 そんなこの街に僕は惚れた。 ただいま、大分。

野津 怜三朗
(ハンバーガー店:R&B経営)

野津 怜三朗(ハンバーガー店:R&B経営)

「大分的生きやすさ」その1
松田朋春(グッドアイデア株式会社代表、「大分で会いましょう。」プロデューサー)

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