「海外で時計を買ってくるだけ」副業感覚で始めた“仕事”が引き起こした悲劇

大手の求人誌や求人サイトを見て、何か良いものはないかな?と、自分に合った仕事を探す人も多いことでしょう。ところが、求人募集に応募した結果、ずるずるとお金をむしり取られて、無間地獄のような状態に陥ってしまうこともあるのです。私たちのすぐ近くに潜んでいる騙しの罠についてお話します。


仕事の内容は「時計の買い付け」

ある女性は、本業の傍らにできる良い副業がないかを探していました。すると、誰もが知る大手の求人サイトにて、海外で商品を買い付けるバイヤーの仕事を目にしました。しかも、渡航費や宿泊費も出してもらえるとあり、興味を持って求人に応募して、都内のお店の一室で面接を受けました。

店長と40代男性が対応しました。仕事の内容を尋ねると、「海外に行ってもらい、ご自身のクレジットカードで時計を購入して、日本に持ってきてもらいます。その時計の代金の6%~7%を報酬としてお渡しします」と言います。もちろん、商品の代金もカードの支払日の1週間前に報酬とともに、会社から支払われるというものでした。

なぜ、バイヤーを募集しているのでしょうか? それについて店長は「会社名義のクレジットカードでは5,000万円くらいしか買えないので、それだと仕入れが追いつかないのです」と説明します。面接は合格となり、数か月後、シンガポール行きの航空券を会社からもらい、現地に向かうことになります。そこでは、会社の指示により4~5人がグループとなってお店を回り、彼女は300万円のロレックスを購入しました。そして、日本に戻り、会社の社員に時計を渡します。それからも、何度か海外に向かい、時計の買付けをしました。

それからしばらくして、驚くべき事態が起きました。同じようにバイヤーとして海外に行っていた人たちが、密輸容疑で東京税関に捕まり、時計を没収されてしまったのです。

突然の逮捕のワケ

なぜ、捕まったのでしょうか。実は、この仕事には、あるカラクリがあったのです。本来ならば、海外の時計を購入した時には、帰国の際、税関に申告して、当時の消費税8%を納めなければなりません。しかしながら、会社は日本に入国するときには、腕に時計をはめさせるなどの手段を使って、消費税分を払わせずに国内に持ち込ませていたのです。その行為が空港でバレてしまったのです。つまり、求人で募集していたのは、密輸の手伝いだったのです。

この業者は、バイヤーらが仕事を断れないように、巧みにことを運んでいました。海外への出発前に「税の申告をしないように」と指示をするわけですが、もしここで不正な手段を使うことに気づいても、すでに航空券を手にしており、仕事をする約束を会社にしているゆえに、断れない状況に追い込まれています。それに履歴書などの個人情報も相手に渡してしまっているので、「違法行為ではないか!」と、航空券を突き返して、断りを入れることができる人は少ないのではないでしょうか。実は、相手の身元を抑えて、なし崩し的に犯罪に手を染めさせる。これは、騙す側の常とう手段なのです。

この業者が悪質なのは、バイヤーをしていた人の話によると、さもその時計を免税店などで、訪日した外国人に売ったように見せかけていたそうです。そして仕入れの時に発生した消費税分の還付請求を国に申告して、不正に金を受け取ろうとした疑いもあるということでした。これが事実だとすると、すでにおわかりのように、国内に持ち込む時には、消費税は払っていませんので、まるまる国から受け取るお金は、業者の儲けということになります。

バイヤーのその後は?

しかしながら、よく考えてみればおかしい話です。国からの8%の還付金をもらったとしても、バイヤーたちに6%を払った上に、航空券や宿泊代まで出したら、儲けはほとんどないはずです。しかも、買い取った時計は質店や市中時計店で販売していたということですから、定価より安く買い取られるので、求人募集した人たちに払う購入代金より、手にするお金は少なくなるはず。ほとんど儲けがでない状況の会社経営は怪し過ぎます。

現在も会社自体はありますが、事実上、取り引きを停止していて、首謀者である店長は行方をくらましているそうです。これらのことから、この業者は経営が破綻することを前提に、多くの人をバイヤーとして雇っていたと考えてよいでしょう。結果、バイヤーらは時計を会社に渡したにもかかわらず、その購入代金が振りこまれずに、借金だけが手元に残ることになっているのです。しかも恐ろしいことに、店長との連絡はLINEのみでやりとりしていたために、会社の実態は分からないということでした。しかも、バイヤーとしての仕事が終わったら、LINEのやりとりも削除するように指示されていました。この手口で、数千万円以上の被害金額になっている人もいます。被害者の年齢も幅広く、20代から、40代以上の主婦、さらに中高年のサラリーマンまでいます。

実は、こうした自らのクレジットカードを使わせて、海外で商品を買わせ、しばらくはお金をバイヤーたちに払うことで信頼を築き、その後、突然、会社が破綻した事案は過去にもありました。当時の被害者からお話を伺うと、その時に使われたのも、やはり求人広告でした。数年たって、その騙しの手口を多くの人が忘れたころに、再び、同じ手口はやってくるものなのです。

求人募集にエントリーして、面接を受ける際に、先にお金を払う必要になる話は疑うようにしてください。そして、その行為が犯罪に加担することになるとわかった時点で、しっかりと断るようにしてください。ずるずると、先に進めば進むほど、無間地獄に陥ってしまうことになりかねません。

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