臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(219)

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 収入はあるのだが、店の家賃やその他の経費が高かったのだ。いつも経理にうとい正輝だが、今回は採算が合わないと、正しい判断を下したのだ。たとえ収入が減っても、今の仕事より経費がずっと安い仕事に商売変えをしなくてはならない。
 家族にとって黒字になるのが望ましい。少なくとも経費を差し引いても、家族の生活費が残るような仕事がいい。朝市で働くのがいちばん手っ取り早い方法ではないかと思った。都会の住民になってしまったいま、アララクァーラ時代のように自分の作ったものを売ることはできない。
 朝市で働いている沖縄人ばかりでなく、日本人の間でも情報を集めてみた。毎日、違った場所で朝市が立つ。屋台や商品をほかの場所に運ぶには昔やっていたように馬車ではできず、別の手段が要る。
 町も大きく、市場まで行って、屋台を組み立て、あとでそれを解体し引き返すのに時間がかかる。なによりも毎日、品物を供給しなければならない。品物を毎日、買わなければならないが、サントアンドレには卸し市場はない。サンパウロのエスタード大通りとセナドール・ケイロスの角にあるカンタレーラ中央卸市場しかないのだ。トラックなしで、夜明けにサンパウロまで行って商品を買い、早朝、お客さんに提供するなどできない相談だ。
 朝市業者のなかには大型のトラックをもっていて、他の業者の運搬の仕事を引き受ける者がいた。リストにかかれた品物を中央卸市場で買い、品物と屋台をトラックで運搬し頼まれた市場の業者のところまでもっていく。もちろん経費はとる。その経費は運ぶ品物の量で計算される。正輝はその値段を知って驚いた。一日の経費がものすごく高いのだ。
 いま現在、そのような金などない。まして、早急に新しい仕事を始めるにはすでに営業している屋台を購入するのが最善だが、そんな金など持ち合わせていない。仕事はじめの経費を節約するため、新しい屋台の権利を得ようと考えた。なにはともあれ、ここの市役所の許可を得なければならない。それには手間がかかる。特に市役所の管理職にある者とコネをつくる必要がある。
 ちょうどそのころ、盛一氏を通して、コロネル・フランシスコ・アマーロ街に住む、近所でも名を知られたアルマンド・ダス・ネーヴェスという人物と知己をえた。盛一氏の応接間の窓から彼の家の奥がみえた。住居と同じ道の町の中央にむかって角をいくつかいったところに手続き代行の事務所を構えていた。ネーヴェス氏は周囲の人望もあり尊敬されている人物だった。市会議員に多数の票を得て当選した。日本人とその子弟を大事にし、いつも気を配っていたから、多くの日系人が彼に投票した。
 正輝とネーヴェス氏の間に、不思議な信頼をもつ交友関係が始まった。その理由のひとつは、二人とも前州統領のアデマール・デ・バーロス首領のPSP派の熱心な支持者だったことがあるかもしれない。いや、政治的意見の合致だけでなく、お互いを信じあう誠実さもあった。

 ネーヴェス氏は正輝の人生に興味をもち、彼は自分の波乱にみちた人生を仔細に打ち明けた。サントアンドレではあまり問題にされなかった臣道聯盟について話すと、非常に驚いた。