新型コロナウイルスへの集団感染が発覚したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、多くの乗客乗員が検疫期間中、〝軟禁状態〟に置かれた。夫婦で乗船し、20日になってようやく下船できた70歳の男性が、下船当日の様子とこれまでの思いをつづってくれた。(47NEWS編集部)
▽上陸許可証
20日朝、横浜検疫所長名の「上陸許可証」が私の船室に届いた。
「14日間の健康観察期間を経過し、ウイルス検査で陰性が確認されました。新型コロナウイルスに感染しているおそれがないことは明らかです」。
〝身の潔白〟が証明され、これで自由の身になれる。安堵(あんど)の気持ちがこみ上げてきた。
▽下船
20日午前10時半、ようやく下船が始まった。19日の開始からの第2陣となる。乗客のスーツケースはすでに船外に運び出されている。午前11時過ぎ、4階にある下船口で、改めてサーモグラフィーで発熱をチェックされた。
地上に降りるのは、2月1日に寄港した沖縄県(那覇港)以来だ。足が地につかない感じだ。雲の上を歩いている様な奇妙な浮遊感。軟禁生活によって脚力が衰えたのだろう。
▽別れ
検疫施設に向かう途中、船を振り返り、自分が滞在していた船室を探した。上の階のカナダ人夫妻が手を振って見送ってくれているのに気づいた。
彼らは21日に下船する予定だ。迎えのチャーター機で40時間かけてカナダに戻る。そこからさらに2週間の検疫期間が待ち構えるのだという。
ご主人は前夜「誰がこの1カ月近い無駄な時間を償ってくれるのだ!」と嘆いていた。
▽衝撃
20日正午すぎには「80代の日本人乗客2人が死亡」というニュース速報が流れた。乗客のなかで初めての犠牲者だ。同じ乗客の1人として心からご冥福をお祈りしたい。
今回のクルーズ参加者は、80代以上の高齢者が200人を超すという。高齢者や多少の持病があっても気軽に参加できる。これが船旅の魅力にもなっている。しかし、今回はそれが裏目に出た。
2週間の検疫期間は健康な人でもかなり過酷な環境だ。私の場合、15日に検体検査を受けた。医療スタッフは「2~3日で結果は判明しますが、陰性ならば連絡しません」と言って立ち去った。
下船が決まるまで、ドアがノックされるたびに「陽性の知らせでは?」とびくびくしながら軟禁生活に耐えた。
以前夕食で同じテーブルを囲んだ夫婦は、東京からの参加者だった。「夫が陽性反応が出て病院に入院中なの。これから下船の準備を1人でしなくては…」。船内電話から聞こえてくる声は悲痛だった。
▽激増した感染者
検疫期間の終了間近に、感染者が激増したのはなぜなのか? 専門家からは「潜伏期間が想定よりも長かったから」などさまざまな見方が出ている。ぜひ実態を解明していただきたい。
一人の乗船客として言わせてもらえば、検疫態勢の隙や、後手に回った船内の検疫態勢などが原因にあったのでは、と推測する。
具体的には、2月1日の那覇寄港時の検疫。下船予定時間が数時間遅れたため、簡単な検疫だけで上陸を許可した。
本来、ここが水際対策の最前線だったはずである。その後、船は2日間、終日クルージングを続けた。船内では新型ウイルスに無防備のまま、いつも通りにイベントが繰り広げられた。
この期間中、船は〝ウイルスの培養器〟となり、感染拡大を招いたのではないか。今、振り返って思う。
約1カ月に及ぶ船旅で味わった天国と地獄。陰性として下船した外国人の中には、その後陽性と判明した乗客も出ている。その意味で、私自身の新型コロナウイルスとの戦いは、まだ、しばらく続くだろう。