「働かないオジサン」を襲うさらなる悲劇 先細る仕事、減る給与 成否分ける50代の備えとは

 「働かないオジサン」「妖精さん」などと陰口をたたかれ、職場で気まずい思いをしているシニアも多いだろう。少子高齢化を背景に、還暦を過ぎても働くことが当たり前となった今、国は70歳まで働く社会の実現に動いている。老後資金の心配もあり「70歳定年」と言えば聞こえはいいが、本当に朗報だろうか。シニアが担う仕事は、人工知能(AI)に奪われる。ミドルをはじめ幅広い世代の給与や雇用にも影響を及ぼす。「知らないと後悔する定年後の働き方」(フォレスト出版)の著者で、人事コンサルタントの木村勝氏は、シニアからの働き方は50代半ばからの入念な備えの有無が成否を握ると指摘する。木村氏に寄稿してもらった。

 ▽70歳まで無条件に定年延長?

 今の時代ほどミドル・シニア(中高年)の働き方が注目された時代はない。また「役職定年」「定年再雇用」をテーマとした記事を目にしない日はないくらいである。サラリーマンなら誰もが避けて通れないのが定年だからであろう。

 政府は2月4日、70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする高年齢者雇用安定法の改正案を国会に提出した。通称「70歳定年法」だ。目的は、意欲ある人が長く働ける環境を整えることにある。60代の働き手を増やし、少子高齢化で増え続ける社会保障費の支え手を広げる狙いだ。早ければ2021年4月から実施される。

 改正案に対する筆者の周囲にいる50代、60代シニア層の受け止めは概して好意的だ。

 「これで70歳までどうにか仕事ができる」

 「今の職場で働けるのが一番だ」

 こうした意見を裏付ける調査結果がある。一般社団法人定年後研究所が2019年9月に発表した「70歳定年」に関する調査だ。定年制度のある組織に勤務し65歳以降も働き続けたいと考える40~64歳を対象に、65歳以降の理想の働き方を聞いたところ、7割が「現在と同じ会社」で働くこと、と回答しているのだ。

 70歳定年法という通称は「70歳まで無条件に定年が延長される」ことを連想させる。上記調査結果で示されたようなミドル・シニア層の意見を反映したかのようだ。実際はどうなのだろう。

 現行法は、希望者全員を65歳まで雇うよう企業に義務付け、企業は(1)定年廃止、(2)定年延長、(3)再雇用制度の導入-の三つから選ぶこととしている。

 今回の改正案は、さらに(4)他企業への再就職支援、(5)フリーランス選択者への業務委託、(6)起業した人への業務委託、(7)社会貢献活動参加への資金提供-を追加し、70歳までの就業機会の確保を努力義務とした上で、上記七つから選択することとしている。

  ▽現役世代の賃金奪う定年延長

 労政時報(第3983号、2019年11月22日)の2019年時点の調査結果によると、定年を「60歳」としている企業は91・6%に上った。また現行の三つの継続雇用制度のうち、91・4%の企業が「再雇用制度のみ」を採用。雇用の上限年齢は「65歳」が84・1%で最多となった。(調査対象は大企業が中心)

 65歳雇用が義務化された現在でも「65歳定年」が実現していないことが分かる。多くの企業が契約社員(1年ごとの契約が多い)として最長65歳までの再雇用で対応しているのだ。「70歳定年」導入は一層ハードルが高いことが容易に想像できるだろう。

 企業が、定年延長に安易に踏み切れないのには事情がある。延長が、総労務費の増大を招きかねないからだ。

 日本製鉄、JFEスチールなど鉄鋼大手4社の労使は昨春、2021年度から定年を60歳から65歳に延長することで合意した一方、同時に全世代の賃金体系を変えることも決めている。

2019年春闘で、各社の回答が書き込まれたボード

 賃金カーブの全体的な見直しなくして定年だけを延長することはできないのである。しかもこの場合、ターゲットとなりやすいのは人員構成上のボリュームゾーンになっている特定の世代だ。すなわちおおむね50~54歳のバブル入社世代と、46~49歳の団塊ジュニア世代だ。年齢が高くなるほど賃金が上がる年功賃金がまだまだ残る現状では、高年齢層の割合が増えるほど人件費が企業に重くのしかかるのだ。

 「長寿命社会が到来したので定年延長しましょう」と簡単にはいかないのである。ミドルを中心とした社員の人生設計にも大きく影響してしまうのだ。

 賃金抑制にとどまらない。一部企業が着々と進めているのが、主に45歳以上を対象とし、前述の二つの世代の人員削減を狙った早期退職募集だ。

 注目すべきは、好業績の大手企業が行っている点だ。東京商工リサーチの調査によると、上場企業が2019年1~11月に行った早期・希望退職募集は1万人を突破した。2018年1~12月の約3倍の人数であり、2020年も多くの企業が「黒字リストラ」を実施することが明らかになっている。

 人員削減は、業績悪化時に行うとの考えは過去の話になっている。定年年齢よりもずっと早い段階で、いまの会社を離れるべきか否かの重大決断を迫られることだってあり得るのだ。

70歳雇用を議論する政府の未来投資会議=2019年5月、首相官邸

 ▽シニアに働く場はあるか

 幸運にも長年勤めてきた会社に残り続けられたとしても油断はできない。シニアが担える仕事が今後も社内にあるとは限らないからだ。人工知能(AI)や事務作業をソフトウエアに代行させるロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)の導入が急加速している。三井住友フィナンシャルグループをはじめとしたメガバンク各社がRPAを活用し、数千人、数万人相当の業務効率化を図ろうとしているのが、その象徴だ。

 データ入力や経理といったホワイトカラーの典型的な仕事も今や外注化や外部への部門売却が当たり前になった。シニアが担う業務は、どんどん「なくなっていく」と考えていた方がよさそうだ。

 職場で行き場に困ったシニアが、単純作業要員としてこき使われたり、パワハラ系若手上司の下でメンタルを病んでしまったりする事例も、筆者は多く見てきた。

 ▽キャリア、自ら決める覚悟を

 ここまでサラリーマンにとって厳しい現実を見てきた。先の読めない時代にあって、多くのシニアやミドルが抱く不安を突き詰めると「いつまでこの会社で働けるのか」であろう。こうした不安を解消するには発想の転換が必要だ。すなわち「自分の定年は自分で決める」意識を持つことである。国や会社が決めたレールに乗り続けるのではなく、自分のキャリアは自分で決める覚悟を持つべきなのだ。

 実際、今回の改正案でも、雇用に限らず65歳以降は、サラリーマンも独立して自律的に働けるよう企業に対して支援することを求めている。経済産業省が2017年に公表した報告書も、企業の役割について「『雇い続けることで守る』から、『社会で活躍し続けられるよう支援することで守る』」に変容が求められていると指摘している。

 筆者もそうであるが、多くの人が新卒一括採用で企業の一員となり、その企業で60歳の定年を迎え、年金により余生を送るモデルを想定してきた。しかし長寿命化でリタイア後の経済的な下支えだった厚生年金の65歳支給への後ろ倒し(さらなる後ろ倒しの可能性もあり)もあり、人生100年時代に合った新たなモデルが必要になってきている。国や企業の動向に左右されない、自律的なキャリアデザインが一人一人に求められている。

 ▽55歳から準備すべきこと

 では具体的にどうしたらいいのか。シニアからのキャリアチェンジの成否は、事前に準備しているかどうかにかかっている。私の持論になるが、55歳で準備を始め、60歳で定年を迎えたときにセカンドキャリアを始めるのがベストタイミングだと思っている。

 55歳からの5年間で、ミドル・シニア世代の財産である長年の実務経験を徹底的に「整理・見える化」し、商品として仕上げておくのだ。その上で、今後のキャリアの方向性を見定め、現状(ASーIS)と将来の姿(TOーBE)のギャップを在職中に実務を通じて埋めていく。いわゆる「キャリアの棚卸し」と「キャリアデザインマップ」の実行である。

 その際に重要なのは、(たとえ現実的には会社勤めをしていたとしても気持ちの上では)“個人事業主マインド”を持って今の仕事に取り組むことである。プロ野球選手のように「1年1年結果が勝負!結果が出なければ戦力外通知を受けトライアウト行き」という緊張感を持って目の前の仕事に取り組めば、見える景色だって変わるだろう。「ライスワーク(食べるための仕事)」から「ライフワーク(自分の使命だと思える仕事)」に変わってくることも多い。

 激変する経営環境のもとでは、ミドル・シニア世代の従来の知識・ノウハウは陳腐化し、もはや役に立たないとの意見も多い。しかしそんなことはない。

 日本の長期人材育成システムの中で先輩から怒鳴られながら学んできた世代の経験は貴重である。培った長年の知識・スキル・経験をいかに生かすかを徹底的に考える。無理に若手と同じ舞台で競争する必要はない。

 ▽セカンドキャリアで生きるシニアの強みとは

 前項ではAI・RPAの導入でシニアが担う仕事は先細ると述べた。しかしそうした時代でますます重要になるものに、仕事の「原理・原則・原点」に関する理解がある。この仕事は「何を根拠に行っているのか」「なぜこういう処理を行うのか」「どのような理由でいつからこのやり方を導入したのか」――こうした事項は実際のオペレーションを行った者にしか分からない。

 最近の若手は外部業者にそのプロセスを外注化しているため、実際にやった経験がないことが多い。単なる「外部ベンダーへの指示者」となり、担当業務の原理・原則・原点を理解していない。AI時代こそ人間がその根拠とされる事実をきちんと押さえておく「6ゲン主義」(三現主義の現場・現物・現実に原理・原則・原点を加えたもの)が求められる。自らのキャリアを振り返り、自分の強みを理解していれば活躍の場は広がるだろう。

合同会社説明会=2019年3月

 また、今のミドル・シニア層は、日本企業のメンバーシップ型雇用の中で転勤・転属によりさまざまな職種、部署で実務経験を積んできた。元リクルート出身で杉並区中学校の校長を務めた藤原和博氏の提唱する「複数の専門性を掛け合わせてレア人材」になるために必要な専門性が既に獲得できているのである。多くの人が気付いていないのだが、獲得したノウハウをいま一度磨き上げることで誰でも「レア人材」になれる可能性があるのだ。

 注意すべきは、セカンドキャリアでは「実務経験」と「人柄」が重視されるという点だ。履歴書に書くための資格取得を考えてしまいがちだが、今までの経験と関係のない資格を取っても転職や新しい仕事にはつながらないと考えていた方が良い。

 2019年10月出版の拙著「知らないと後悔する定年後の働き方」で、ミドル・シニアのための実践的なキャリアデザイン術(キャリアの棚卸し、キャリアの方向性の見極め方等)を紹介している。興味ある方はご一読いただければと思う。

 日本の男性の健康寿命は72・14歳(2016年データ)。健康寿命とは、日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命を維持し、自立した生活ができる生存期間を言う。満員電車で長時間通勤を70歳までいやいや続け、ようやく引退。「さて百名山登山と、のんびり温泉巡りだ」と張り切っても、その期間はわずか2年ということも現実になる。

 キャリアの節目(役職定年、定年など)に一度じっくり時間をとり自らのキャリアを見つめ直すタイミングを設けることをおススメしたい。「妖精さん」「働かないオジサン」とお荷物扱いされている暇はない。若手・ミドル・シニアが世代間で断絶することなく「ワンチーム」でスクラムを組み、お互いの得意分野を生かして「誰もが働けるうちは働く」社会をつくっていくことこそ、超高齢社会の目標とする姿ではないだろうか。(人事コンサルタント=木村勝)

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