世界遺産の森で人々が起こした奇跡とは オーストラリア森林火災から守られた貴重な動植物【世界から】

投下されたニンジンを食べるイワワラビー。周囲は火災で焼けている=NPWS提供

 昨年より続いているオーストラリアの大規模森林火災はようやく収束しつつある。今も一部で火災が続いているものの、最も被害が大きかった東部のニューサウスウェールズ州の地方消防本部(RFS)は13日に「全ての火災を封じ込めた」と宣言した。

 1千万ヘクタールを超える土地が焼失しただけでなく、コアラをはじめとする哺乳類、鳥類、爬虫(はちゅう)類など10億匹以上の野生動物が巻き添えとなるなど、今回の森林火災は同国に甚大な被害をもたらした。焦点が復興に移る中、人々の懸命な努力によって貴重な動植物などが奇跡的に守られた場所が各地にあることも明らかになってきた。(シドニー在住ジャーナリスト、共同通信特約=南田登喜子)

 ▽無事だった最古の種子植物「ジュラシック・ツリー」

オーストラリア・ニューサウスウェールズ州

 2000年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に登録された「グレーター・ブルー・マウンテンズ地域」もその一つだ。シドニー近郊のブルー・マウンテンズ国立公園を含む七つの国立公園とジェノラン・カルスト保護区から構成される同地域の総面積は、岐阜県の広さとほぼ同じ103万ヘクタールになる。

 ここで発生したのが「ゴスパーズ・マウンテン・ファイア」と名付けられたメガ・ファイア(複数の大規模火災が一緒になったもの)の一つだった。19年10月に落雷が原因で発生し、今年2月前半の記録的な大雨で鎮火するまで、千葉県に相当する51万ヘクタールもの範囲を焼き尽くした。

 この地域にはナンヨウスギ科に属する「ウォレマイ・パイン」が自生している。ウォレマイ・パインは現存する最も古い種子植物とされる。恐竜が繁栄していた約2億年前に存在していたことが確認されていることから「ジュラシック・ツリー」とも呼ばれる。約150万年前に絶滅したと考えられていたが、94年に発見。繁殖に成功したものの、野生で残っているのは200本足らずと推定される絶滅危惧種だ。このため、生息場所に関する情報は秘匿されている。

 1月15日、ニューサウスウェールズ州のマット・キーン環境相は「一部焦げた木もあったが、ウォレマイ・パインの原生林は無事だった」と発表した。飛行機で燃焼抑制剤を繰り返しまいたほか、ヘリコプターから消防士や国立公園の職員によって編成された特別部隊がウインチを使って渓谷に降下して用水路を敷設するなどした「前例のない環境保護作戦」が功を奏したという。

ヘリコプターからウォレマイ・パインの原生林へ降りる国立公園の職員=NPWS提供

 ▽「唯一無二の特別な場所」を守ったボランティア消防士

 グレーター・ブルー・マウンテンズ地域には3億4000万年前に誕生したとされる世界最古の鍾乳洞「ジェノラン・ケーブ」もある。こちらへの被害も心配された。

 ジェノラン・ケーブには見つかっているだけで370以上の洞窟がある。一般公開されているのはごく一部で、見学するにはガイドと一緒に回るツアーに参加しなければならない。保存状態がとても良いことで知られている。鍾乳石の種類も豊富で、天井から垂れ下がるつらら石や床からタケノコのように伸びる石筍(せきじゅん)といった一般的なものに加え、風にそよぐカーテンによく似た幕状鍾乳石や曲がりくねったヘリクタイト、滝が凍ったように見えるフローストーン(流華石)と多種多様だ。

 多彩な鍾乳石が生み出す幻想的な光景に魅了される人は後を絶たない。シドニーから車で約3時間離れた森の中にあるにもかかわらず、年間20万人以上の観光客が国内外から訪れる人気スポットになっている。

 ジェノラン・ケーブが自然保護区に指定されたのは、1866年。アメリカのイエロー・ストーン国立公園が世界初の国立公園となった72年より6年も前のことだ。指定に関わった人々の高い環境意識には感服してしまう。97年に富裕層のためのリゾートホテルとして建てられた「ケーブ・ハウス」は今もホテルとして営業しており、歴史的建造物としてヘリテージ(遺産)リストに指定されている。

 森林火災の拡大を受けて、ジェノラン・ケーブの管理者は2019年12月半ばに一時休業を決めた。クリスマスを前にした繁忙期だったが、訪れる人たちや従業員の安全を第一に判断した。周辺の道路が通行止めになる中、現地にとどまって被害防止に奮闘したのは、主にボランティアの消防士たちだった。「唯一無二の特別な場所」を守るべく、他地区からも消防士が応援に駆け付けた。結果、敷地内の建物の一部が焼けて鍾乳洞内に煙が入ったが、ケーブ・ハウスは無事だった。ケーブ・ハウスは2月1日に営業を再開。その後、2月半ばの大雨により洪水が発生したために再び一時休業し、24日に通常営業に戻っている。

 ボランティア消防士として昨年末から年明けまで休みなしでジェノラン・ケーブの消火活動に携わっていた知人と先日会うことができた。開口一番、彼は「久しぶりに訪れたシドニーでエビを食べた」と笑顔で話した。真夏にクリスマスを迎えるオーストラリアでクリスマスパーティーのごちそうと言えば、エビ。彼は遅いクリスマスを楽しんだのだ。そんなことをうれしそうに語る彼を見ていると、現地での生活がいかに大変だったかがうかがえた。

オーストラリア東部ニューサウスウェールズ州の山火事で消火に当たる消防士ら=2019年11月9日(ロイター=共同)

 ▽生態系の回復へ向けて

 火災を生き延びた野生動物は試練に直面している。安全なすみかを失っただけでなく、深刻な食べ物不足に見舞われているからだ。ニューサウスウェールズ州政府は緊急措置として、岩場に生息するイワワラビーを救うために、ヘリコプターからニンジンやサツマイモなどを生息場所に投下している。同時に生息状況をモニターするためのカメラも設置した。

 平時であれば野生動物に食べ物を与えることは厳禁というのがオーストラリアの常識。それを覆すのは、このまま放置してはイワワラビーが生き残れないという判断なのだろう。火災の状況が落ち着いて地上から生息場所に行けるようになると、すみかの代わりとなる人工の隠れ場所や水飲み場が設けられた。

 森のユーカリはたくましく復活の兆しを感じる。全焼を免れた木は新たな枝を伸ばし、芽吹きも見られる。それでも、グレーター・ブルー・マウンテンズ地域は今回の森林火災で大部分の地域が被害に遭った。上部までを焼いた木は少なかったものの、絶滅が心配されている絶滅危惧種や希少種もある。森全体が再生し、生態系全体が回復するには長い時間がかかるだろう。

 真の復興に向けた正念場はこれからだ。

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