にわかだけじゃない、古参ファンには「感謝しかない」廣瀬俊朗が語る、W杯成功の要因

2019年はラグビーの年だった。当初は大会の成功が不安視されていたラグビーワールドカップ2019だったが蓋を開けてみれば日本代表の快進撃もあり、そこかしこでラグビーの話題に花が咲く“ブーム”に。大成功に終わったワールドカップのあと、このブームを本物に変えていくにはどうしたらいいのか? 元日本代表“伝説のキャプテン”、廣瀬俊朗氏に聞いた。

(インタビュー・構成=大塚一樹[REAL SPORT編集部]、撮影=末永裕樹)

ラグビーがいまの時代にマッチした

――ラグビーワールドカップの盛り上がりで、日本人のラグビーを見る目、取り巻く環境が大きく変わりました。元日本代表キャプテンでもある広瀬さんは、どう感じていますか?

廣瀬:いままでのラグビーは、コアなファンがすごく多くてその方たちに支えていただいてたという感覚があったんですけど、今回のワールドカップを契機に、ライトな、いわゆる“にわか”ファンが大幅に増えました。特に女性の方に見ていただけたのはこれからのことを考えるとすごく大きかったですね。

「ラグビーはルールがわからない」とこれまでネガティブに捉えられてきたことが、「ルールがわからなくても見たら面白い!」というポジティブな受け取り方に変わっていったのが個人的にはとても面白かったし、うれしかったです。ラグビーというスポーツに対するみなさんのマインドセットが変わったというか、もちろん日本代表のがんばり、活躍があってのことですが、ワールドカップを通じて感じた大きな変化はそういうところですね。

――今回のワールドカップの成功の要因、廣瀬さんが考えるポイントはどんなところですか?

廣瀬:一つはやっぱり日本代表が勝ち進んでくれたことですね。ベスト8という結果だけじゃなく、いい試合をしてくれたこと。もう一つは、元々ラグビーが持ってる価値が顕在化したってことじゃなでいすかね。スポーツとしての魅力はもちろんですけど、ポジションごとに役割があって、体が小さい人も大きい人も自分たちの個性を活かして活躍できる。さらに日本代表が体現していた多様性ですよね。社会でもダイバーシティの重要性が言われるようになって、時代とラグビーがマッチしたのかなというのは感じますね。

――ワールドカップ開幕前は日本代表の外国籍選手の割合なんかも話題になっていましたからね。

廣瀬:以前の日本との変化、たとえば外国人のインバウンド、観光客もこれまでとは比べものにならないくらい増えていますし、多様性というのが当たり前、そういうことも含めて受け入れられる時代になっているのかなとは思います。

コアファンの下支えとブームをつくった“にわか”ファンの存在

――日本では、ラグビーが人気スポーツだった黄金期がかつてあって、大学ラグビーの人気は継続してきていますよね。コアなファン、オールドファンの下地というのもあったのではないかと思うのですが。

廣瀬:それは大きいですよね。結果が出ない時期もラグビーをずっと支えていただいたファンの方もそうですし、かつてのラグビーブームでラグビーを知っていた方々の存在というの大きかったと思います。本当に感謝しかないです。

――先ほど廣瀬さんからもあった“にわか”ファンの存在ですが、今回のワールドカップで新たにラグビーに興味を持ったファンは何に魅せられたのだと思いますか?

廣瀬:“戦いざま”っていうんですかね。選手たちが本当に全部を出し切って戦ってるところが伝わったのかなと思います。あとは日本代表の選手たちが、いろいろな背景を持ちながら戦っているというストーリー的な部分もあったのではないでしょうか。

――ワールドカップでは、日本代表以外、オールブラックス(ニュージーランド代表)や日本を破り最終的には優勝を果たした南アフリカ、そのほか各国の話題も大きく注目されました。

廣瀬:異なる価値観、文化を持つ外国人選手が日本の文化に積極的に触れようとしてくれたり、お辞儀などのマナーを覚えて、それを実演してくれたことなんかは、日本代表以外の国、選手たちを身近に感じるきっかけになったと思います。

みんなで国歌を歌っておもてなし スクラムユニゾンプロジェクト

――廣瀬さんも、「スクラムユニゾン」というプロジェクトで、ワールドカップ出場国の国歌をみんなで歌おうという活動をされていました。スクラムユニゾンについては、どんな経緯で始められたんですか?

廣瀬:発案は自分です。選手時代、国歌斉唱、君が代を歌う瞬間って気持ちが入って、覚悟が決まる特別な時間だったんですよ。この時間をみんなで共有できたらなと。みなさんを巻き込みたいなと思って勝手に(笑)始めたのがスクラムユニゾンです。国歌に限らず、海外のスタジアムではみんなそれぞれの国やクラブのアンセムみたいなものを歌う文化があるんですよね。スタジアム全体が震えるような大合唱になるんです。あの雰囲気を日本のみなさんにも味わって欲しいという思いもありました。

――具体的にはどんな活動を?

廣瀬:自分の他に6名のメンバーで立ち上げました。日本以外のワールドカップの出場国は19カ国あるんですけど、その19カ国の国歌をみんなで練習して、覚えてスタジアムとか、パブリックビューイング、居酒屋でもいいので、一緒に歌う。YouTubeで各国の国歌の動画を見ながら練習したり、歌詞をPDFにして掲載したりして、後はみなさんの協力もあってどんどん広がって行きました。それが海外からやって来る選手、ファンへの“おもてなし”になるし、日本の人たちにとても良い思い出になると、そういう活動ですね。

――反響はどうだったんですか?

廣瀬:すごくいい反響をいただきました。例えばなんですが、東日本大震災の被災地でもあるラグビーの街・釜石で行われたフィジー対ウルグアイ戦で、マスコットキッズの日本の少年が、国歌斉唱の時にウルグアイ国歌を何も見ずに大きな声で一緒に歌ったんです。この様子は報道もされましたがウルグアイの選手たちが「ホームで試合をしているようだ」「こんなサプライズは初めての経験」と本当に喜んでくれたんです。

――たしかにあれはとても感動的なシーンでしたね。スタジアムでも日本が絡まない試合を観戦するモチベーション、応援する気持ちを醸成するのに役立ったと思います。そのほかにもオールブラックスのハカをキャンプ地である柏の子どもたちが演じたり、おもてなしの部分もワールドカップの盛り上げに一役買いました。

廣瀬:オリンピックでも7人制ラグビーのセブンズがありますし、パラリンピックの車いすラグビーもあります。こうした活動が2020年のオリンピック・パラリンピックでも続けられるといいなと思っています。

ラグビーブームをブームで終わらないための変化を

――2019年のワールドカップが大成功のうちに終わったことは間違いありません。しかし、日本のラグビーということでいうと、一過性のブームで終わってしまう懸念もあります。

廣瀬:たしかにここまで盛り上がってしまうと、次につなげるというのもそう簡単ではないと思います。自分の立場もあるので、やるべきことをやっていこうと思っていますが、やはりトップリーグにつなげていくことができないといけないなとは思っています。スーパーラグビーに参戦しているサンウルブズについては、2021年以降の活動が不透明ですけど、継続的に世界との接点を持ち続けることも重要だと思います。2020年にはセブンズ、車いすラグビーとみなさんにラグビーに触れていただく機会が引き続きあるので、そちらのサポートもできればなと思っているところです。

――トップリーグについてはプロ化の話も出ています。

廣瀬:プロ化については一概には言えませんけど、選手がトレーニングに専念できる環境をつくって欲しいとは思いますね。そこは間違いないです。ただ、ラグビーでビジネスをするという環境をどうつくっていけるか。

――廣瀬さん自身も先輩やご自身の経験から日本のラグビーがアマチュアリズムを大切にしてきた歴史を体感されていると思います。ラグビーは他のスポーツよりもプロ化に対する抵抗がある人も多いような気もするのですが。

廣瀬:僕は、将来的にプロ化してほしいという考えではありますけど、企業で働きながらプレーすることで養われるものがあるのは間違いないです。ただ日本のラグビーを変えるためには、プロ化に舵を切った方がいいとは思います。何かを得るためには、何かを失う必要があるとは思いますね。トップリーグはプロ化、下部のリーグは働きながらというのもあるのかなとは思っています。

――新しいい変化というところでいうと、廣瀬さんも経験している(慶應大学でプレー)日本独特の大学ラグビーの世界、歴史と伝統でラグビーを支えて来た側面もあると思うのですが、そこにも変化は必要だと思いますか?

廣瀬:今年の大学選手権の決勝、新国立競技場で行われた早明戦が満員になったように、日本の大学ラグビーには良い面もたくさんありますよね。これだけのお客さんが入るということは、ラグビーに関わる人間として素直にうれしいですし、歴史と伝統が大切だと思う気持ちもあります。ただ、関東大学ラグビーの対抗戦、リーグ戦という分け方は、時代に合わない面も出てきているのかなと思います。実力で上位校が当たるようになった方がレベルアップにもつながりますしね。

――ブームから定着へとつなげるためには変化も必要ということですね。

廣瀬:日本のラグビーの未来の話をすると、グローバルに行かなければいけないと思っています。ラグビーも絶対アジアに行くべきですし、時差がない、または少ないアドバンテージを活かして、ニュージーランド、オーストラリアとうまく組みながらやっていくというのは、大事なポイントかなと思っています。国内でいうと、ロールモデルになるようなクラブが出てきてほしいなと思います。ラグビー界全体で考えても、年俸のことだけいえば、日本が世界の中心になるような可能性ってあると思うんですよ。プロ化とか、どの枠組みで世界とつながるかとか課題はありますけど、世界で活躍するようなクラブが日本から出てきたらいいなと思っています。ただ、そこに自分がどう関わっていくのか、自分にとって何が必要で、何をやっていくべきなのか、これは極めて難しい問題なので、その都度考えながら行動していきたいと思っています。

<了>

[PROFILE]
廣瀬 俊朗(ひろせ としあき)
1981年生まれ。大阪府出身。北野高校、慶應義塾大学を経て東芝ブレイブルーパスに入団。高校日本代表、U19日本代表としてもプレー。2012年、エディー・ジョーンズ ヘッドコーチによって日本代表キャプテン任命されると、抜群のキャプテンシーを発揮。ラグビーワールドカップ2015では、一度もベンチ入りを果たせなかったにもかかわらず、関係者700人からの応援ビデオ作成などでチームの団結を促して南アフリカ戦の劇的勝利に貢献した。引退後はMBAを取得、株式会社HiRAKUを起業する一方で、ラグビーワールドカップ2019公式アンバサダー、TBS系ドラマ『ノーサイドゲーム』に俳優として出演するなど、ワールドカップの盛り上げに一役買った。

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