ナチスへの忠誠を拒んだ農夫の物語『名もなき生涯』 テレンス・マリック初の実話映画化

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

あのテレンス・マリックが実在の人物を描いた魂を震わす真実の物語

テレンス・マリック監督の最新作にして、そのキャリアで初めて実在の人物を描いた映画『名もなき生涯』。その人物とは、第二次世界大戦下のオーストリアで妻や子どもたちと慎ましく暮らしていた農夫、フランツ・イェーガーシュテッターである。しかし、なぜマリック監督は名もなき農夫の半生を映画化したのか? それはフランツが兵役を拒否した、つまり占領国であるナチスドイツ=アドルフ・ヒトラーへの忠誠を拒んで処刑された殉教者だったからだ。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

マリック監督といえば同じくWWII、太平洋戦争における“ガダルカナル島の戦い”を描いた『シン・レッド・ライン』(1998年)でベルリン国際映画祭 金熊賞を、ブラッド・ピット&ショーン・ペン共演で描いた自伝の如き家族の物語『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した巨匠。かつてハーバード大学で哲学を学び、後にMIT(マサチューセッツ工科大学)で教鞭をとった経験を持つインテリ監督としても知られている。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

そんなマリック先生だけに、その作品も難解なものが多いという印象が強いかもしれない。しかし『名もなき生涯』はイェーガーシュテッター夫妻がやり取りした手紙をもとにじっくり描かれているので、マリック映画としてのハードルはかなり低めと言えるだろう。フランツ役は『イングロリアス・バスターズ』(2009年)でナチスの少佐を演じていたアウグスト・ディール、妻ファニを演じるのは『エゴン・シーレ 死と乙女』(2016年)の見事な演技が絶賛されたヴァレリー・パフナー。家族と別れてでも神に殉ずることを選んだ夫と、その決意を支える妻を自然かつ情感豊かに好演している。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

また、ナチスに逮捕されたフランツに形式的な妥協を勧める刑事を『ヒトラー ~最期の12日間~』(2004年)のヒトラー役で知られる名優ブルーノ・ガンツが演じているのも印象的だ(※享年77。本作が遺作となった)。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

今回も宇宙規模の視点が炸裂! マリック先生の貴重な講義を受講すべし

本作は、当時フランツ一家が暮らしていた自然豊かな村の周辺や、今では信者たちの巡礼地になっているという実際のフランツ宅でも撮影が行われたそうだ。マリック先生の代名詞とも言える自然光のみでの撮影はとても美しく、ワイドレンズによる壮大な映像と相まって、まるで宗教壁画を眺めているかのよう。ゆるやかだが縦横無尽なカメラアングルも、まるで神の視点で当時の人々の営みを覗き見ているような気持ちにさせられる。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

徹底した考証によって、1940年代の様子をリアルに再現した農作業や妻子との仲睦まじいやり取りは、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『天国の日々』(1978年)を彷彿とさせるし、『ツリー・オブ・ライフ』でも引用された旧約聖書のヨブ記のように、不条理な試練に耐えるフランツの姿が描かれる。自然光=神の恵みを享受し作品に落とし込むマリック先生は、人生における“哲学と宗教”が持つ意味の探求を繰り返しているのかもしれない……とか考えるといよいよ腰が重くなるので、なんというか美術館に絵画を見に行くような気持ちで挑んでもらえればよいのではと思う(適当ですみません)。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

もしマリック未体験の映画ファンに最初の1本として勧めるならば実話ベースの本作が最適のような気がするが、いきなり3時間弱のマリック詣でを課すのは少々ハードな気もしないでもない。ともあれ先生は2010年以降はコンスタントに作品を発表しているものの、40年を超えるキャリアで9作しか監督していない寡作ぶりなので、日本公開自体が貴重なのだという殊勝な気持ちで劇場に足を運んでいただければ幸いだ。

『名もなき生涯』©2019 Twentieth Century Fox

『名もなき生涯』は2020年2月21日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

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