微粒子観測、泥の分析…南極の地で燃やす情熱 観測隊の若手研究者たち

 日本から遠く離れた場所で、南極観測隊員はさまざまな研究に打ち込んでいる。中には、30歳前後の若手研究者もいる。第61次隊には、大気中の微粒子を追っかけたり、池の底の泥を採ったりする研究者がいた。「分かっていないことがあるなら、やらねばならぬ」。地球の姿を少しでも知ろうとする情熱が、彼らを動かしていた。(気象予報士、共同通信=川村敦)

南極の空気中に漂うさまざまな微粒子「エーロゾル」を観測する第61次観測隊員の石野咲子さん=1月、昭和基地(共同)

 ▽「エーロゾル」探し

 南極の空気中に漂うさまざまな微粒子「エーロゾル」を観測し、気候変動への影響を考える―。隊員で日本学術振興会特別研究員の石野咲子さん(28)は、こんな研究に取り組んでいる。エーロゾルには太陽光を散乱するほか、雲ができる際の核の役割を果たして地球を冷やす効果があり、気候変動や地球温暖化を考える上で重要な物質とされる。

 エーロゾルの発生源は火山や土壌のほか、工場の排煙など人間活動に伴うものがある。石野さんによると、東京などの都市では1立方センチの空気の中に10万~100万個の粒子が含まれている。それに対し、南極では数十~数百個しかない。南極の空気は東京よりずっときれいなのだ。

 ではなぜ、南極でエーロゾルなのか。石野さんは「都市大気など、既に汚染が進んでいる所でエーロゾルがちょっと増えても冷却効果はほとんど変わらない。空気がきれいな所では同じだけ増えても急激に冷却効果が上がるのではないかと言われてる」と、研究の意味を解説する。

 加えて重要になるのが、「アイスコア」と呼ばれる南極の氷を円柱状に掘り出した試料だ。

 これまでの観測隊が採取したアイスコアには、大昔の空気のエーロゾルが含まれている。これは過去の気候を知るための手掛かりになるのだが、そのためには現在の南極の大気がどうなっているのかを知る必要がある。それで南極のエーロゾルを調べているというわけだ。その中でも石野さんが注目するのは、海中の植物プランクトンや火山などが発生源の「硫酸エーロゾル」だ。

 石野さんはこれまでに、南極にある外国の基地2カ所で2011年に採取された試料を分析。硫酸に含まれる硫黄原子について、重さがわずかに異なる原子の比率を調べる「安定同位体分析」という手法で発生源を推定した。その結果、この年の11月に突然、生物以外が発生源とみられる硫酸が増えていることが判明した。

 内容は論文にまとめて発表した。が、このエーロゾルの発生源そのものはまだ特定できていない。石野さんは「起源についてヒントを得たい。昭和基地でもデータを取って比較したい」と話す。

 今回石野さんは、大きなポンプで空気を引き込み、フィルターでエーロゾルをとらえる装置を昭和基地に持ち込んだ。南極は空気がきれいなため、1週間かけてようやくわずかなエーロゾルがとらえられる。そのため週1回のフィルター交換を欠かすことができない。

 石野さんは1月下旬に基地を離れ、その後の観測は越冬隊員に引き継いだ。時間をかけて採取した試料を受け取ることができるのも、南極観測船「しらせ」が次に昭和基地から戻る来年になる。3年間は観測を続けたい意向だ。

 エーロゾルが気候に与える影響はまだよく分かっていない部分が多い。自分が基地を離れてからも観測を続けてくれる観測隊員への責任も感じている石野さん。意気込みをこう語る。「学生のとき、そんなに分かっていないことがあるなら、やらねばならぬと思って、研究の方向性を決めた。越冬隊員は1年間、データをとり続けてくれる。成果を出して恩返ししたい」

ぬるめ池の底から泥を取る作業をする国立極地研究所の石輪健樹特任研究員(左)=1月、南極大陸(第61次南極観測隊の板木拓也さん提供、共同)

 ▽池底の泥から探る

 池にボートを浮かべ、底の泥を採取する―。実はこれも、第61次隊による昔の南極氷床の状態を探る研究の一環だ。気候変動で融解が懸念される南極の氷の将来がどうなるかを予測するためには、泥の成分や泥に含まれる小さな化石から分かる過去のデータが不可欠だという。

 昭和基地から約25キロ離れた「ぬるめ池」を調査したのは1月6~14日。外周は数百メートルほどで、透き通った水をなめてみると、ほのかに塩の味がした。かつてはここも海だった名残だ。ここで研究に当たった国立極地研究所の石輪健樹(いしわ・たけしげ)特任研究員(31)は、数人のパーティーを組み、周辺の海の調査と合わせて18日間のキャンプ生活を送った。

 観測に必要な機材や生活に必要な物資など約3トンは、しらせを運航する海上自衛隊のヘリコプターで運んだ。記者もキャンプの中盤に2泊3日の日程で取材に訪れた。しばらくぶりに会った石輪さんは日焼けで真っ黒だった。

 食料は豊富にあって夜はお酒も飲むことができる。が、当然風呂には入れない。食事も、調理はできても、洗剤を使うような洗い物をすることはできない。使った皿やコップは、キッチンペーパーでふくだけ。沿岸部にあるため、南極の中では比較的暖かいエリアだが、テントで寝泊まりする朝晩はそれなりに冷える。研究の試料を得るために研究者はここまでやるのだ。

南極・ぬるめ池の近くに張ったテントの中で食事を取る第61次南極観測隊=1月(共同)

 さて、石輪さんはなぜぬるめ池を調査するのだろうか。簡単に言うと、過去の地球の気候を知るためだ。石輪さんによると、地球が現在より寒かった時代、南極大陸の氷はもっと多かった。

 「コーヒーに浮かぶ氷を指で押すと沈むように、大陸の上に氷があると、重さで大陸も沈む。温暖化で氷が減ると、大陸も隆起する」。今は陸地に孤立しているぬるめ池も、かつては海の中だった。

 南極大陸上の氷が短い期間で解けたのか、それとも時間をかけて解けたのかによっても大陸の動きは違う。過去の姿を把握できれば、将来の予測も変わってくる。そのため、昔の氷床がどのように解けたかを知ることは重要になる。

 石輪さんが注目するのは、今より地球がもっと寒かった約2万年前の「最終氷期最盛期」。海面は今より120~130メートル低かったとされる。北米などでは、ある程度の研究データがあるが、南極では進んでいない。

 今回はぬるめ池の水深5~15メートルの地点で、柱状の試料4本を採取できた。今後、国内に持ち帰って分析し、過去の海面の位置を推定して氷床の状態を探る。石輪さんは「南極の過去は分かっていないことが多い。そこをしっかり調べたい」と話した。

観測隊の活動|南極観測のホームページ|国立極地研究所

https://www.nipr.ac.jp/jare/activity/

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