「サッカーコラム」今季の戦いに期待できる1勝 先手必勝で王者を下したG大阪

横浜M―G大阪 前半、先制ゴールを決めるG大阪・倉田(手前)=日産スタジアム

 力の劣るものが強者に勝つために、昔から言い伝えられる策がある。「先手必勝」だ。

 将棋や囲碁に由来するとされるこの言葉は、接触プレーを伴う競技でも高い確率で当てはまる気がする。余裕をかましている強い相手に対し、最初にガツンと当たってひるませる。出ばなをくじかれた相手が、戸惑ってくれたらしめたものだ。その間にリードを奪い、逃げ切るのだ。

 2020年シーズンのJリーグが開幕した。各クラブが勝ち点を積み重ねる地道な作業を積み重ねる季節になった。きっと今年も新しい発見がたくさんあるはずだ。

 2月23日の開幕戦。王者・横浜はG大阪をホームに迎えた。昨シーズン7位のG大阪が弱いとは言えないが、横浜Mは間違いなく強いチームだろう。そんなリーグチャンピオンを相手に、G大阪がどのような手を打ってくるかに興味があった。

 1週間前に行われたJリーグ・YBCルヴァン・カップで、G大阪は井手口陽介を3バックの前のアンカーに据えたシステムを採用したが機能せず、柏に敗れていた。宮本恒靖監督は、その結果を踏まえて横浜Mをどう攻略するかについて考えという。導き出された答えは、アンカーに40歳の遠藤保仁を置く4―1―4―1システムだった。ちなみに遠藤はこの試合でJ1最多の631試合出場を果たした。これは18年に引退したGK楢崎正剛に並ぶ記録だ。

 洞察力に優れたコンダクター(指揮者)を最終ラインの前に配置し、その1列前の4人で構成するラインが立ち上がりから激しくプレスを掛ける。この作戦が功を奏した。特に左右のライン際に張り出した倉田秋と小野瀬康介が、横浜Mの両翼を担う遠藤渓太と仲川輝人と激しくやり合う。立ち上がりからの激しいプレスでG大阪はペースを握った。

 前半3分、倉田のスルーパスを受けて抜け出した宇佐美貴史のシュートがGK朴一圭の美技に防がれた直後の同6分に試合が動く。前線から連動したプレスを仕掛けるG大阪の矢島慎也が横浜MのDF伊藤槙人に詰め寄る。行き場のなくなった伊藤はたまらずGK朴にパスしたが、これが正確性を欠いた。

 受けた朴のトラップが大きくなった。そこに再びプレッシャーをかけた矢島がボールを奪取。最後は矢島のパスを受けた倉田が冷静にゴールに送り込んだ。

 早い時間帯での得点で、G大阪はさらに勢いに乗る。前半34分には、教科書に出てきそうなオフサイドトラップ破りだ。G大阪は中盤からGK東口順昭にバックパスを戻す。その動きに呼応するように横浜Mの守備陣がラインを上げる。東口がボールを前線に蹴り込んだ瞬間、G大阪の5選手がオフサイドポジションに取り残された。しかし、その間隙(かんげき)を突いてオンサイドの2列目から飛び出した選手がいた。倉田だ。

 DFと巧みに入れ替わって左サイドを突進。ペナルティーエリアに切れ込むと、冷静にラストパス。それを矢島がピンポイントで合わせた。シュートも見事だった。矢島はGK朴の逆を突いてゴール左へ冷静に蹴り込んだ。

 この2点目は、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)による判定の対象となった。スタジアムで見ていても、肉眼ではオフサイドかどうかは分からなかった。それは攻めていたG大阪の選手もそうだった。ただ、ピッチのなかで確信を持って分かっていた選手2人がいる。倉田であり、入れ替わられた横浜Mのティーラトンだろう。

 後半は横浜Mが押し込む展開となった。同29分にはマルコスジュニオールに1点を返されたが、G大阪は2―1で勝利。「先手必勝」の言葉通り、逃げ切りを果たした。開幕戦で勝つのは最終節まで優勝争いに絡んだ11年シーズン以来だという。

 この勝利は緻密に策を練り上げた結果、得られたものだ。

 「練習のなかで横浜Mを想定した守備のやり方を積み上げていた。前の選手のプレッシャーをかけるタイミングだったり、康介君(小野瀬)が前に出るやり方だったりとか」

 キャプテンの三浦弦太は、勝利は準備のたまものだと笑った。だが、この日見せたプレスは必ずしも完璧ではないとも語り、満足している様子はなかった。「前半のようなアグレッシブな守備を1試合通してやるのは無理。その使い分けをやっていかなければいけない」と続け、チームにはさらなる進化が必要だと表情を引き締めた。

 得点にこそ絡まなかった。しかし、この日の勝利に大きく貢献したのは、昨シーズンのMVP仲川と相対した小野瀬だろう。「ウイングのようにプレーしてほしい。前から後ろまでやってといわれた」というだけあり、両チームを合わせて2番目の走行距離を記録した。それでも「守備はできてけど攻めは特徴を出せなかった」と自らの問題点も口にした。

 勝利を収めながらも課題を分かっている選手が多い。そのようなチームは成長する。この日は先手必勝の策が実った。そのG大阪がシーズン終盤にどのようなサッカーを見せるのか注目したい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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