色褪せない村下孝蔵の魅力、日本的情緒の裏に潜んでいる洋楽的センス 1983年 8月25日 村下孝蔵のアルバム「初恋~浅き夢みし~」がリリースされた日

気になって、忘れられなくなってしまった曲「初恋」

誰でもそうなのかもしれないけれど、自分が聴いてきた音楽の傾向や好みからは本当なら射程に入るハズはないのに、妙に気になって、忘れられなくなってしまった曲がいくつかある。村下孝蔵の「初恋」も、僕にとって80年代に出会って、なぜか忘れられなくなってしまっている曲のひとつだ。

惜しくも1999年に若くして急逝してしまった村下孝蔵だけれど、2月28日の誕生日というタイミングで、あらためて彼の音楽について考えてみたいと思った。

村下孝蔵は遅れてきた抒情フォークシンガー?

村下孝蔵がシングル「月あかり」でデビューしたのは1980年5月、彼は27歳だった。当時としては遅いデビューと言えるだろう。熊本県生まれ。育ったのは九州だったが、高校卒業後は広島で働きながら、自分の音楽を追求していく。その中には、かつて吉田拓郎らが在籍していた広島フォーク村を受け継ごうとする活動もあった。

1980年当初は、さだまさし、松山千春など、フォークの匂いをもったアーティストも高い人気を得ていたが、サザンオールスターズ、松任谷由実、山下達郎、佐野元春など、ロック、ポップステイストの強い音楽性を打ち出すアーティストが脚光を浴びるようになりつつあった。

そんな時代が変わろうとしているタイミングに、村下孝蔵はアコースティックギターの弾き語りというスタイルでデビューした。それは、ある意味では満を持してのデビューだったけれど、正直に言えば、少し遅れてきた “抒情フォークシンガー” という印象もあった。

日本的情緒の裏に忍ばせた洋楽的センス

僕自身も、彼に対してそんなイメージをもっていたと思う。けれど、その音楽にはなぜか惹かれるものがあった。抒情フォークっぽいというか歌謡曲にも通じるスタイルなのだけれど、そこには日本的な湿り気とは一味違う、どこかカラリとした洋楽的な透明感のようなものが伝わってきた。それは彼の声からも、彼が書く曲からも感じられるものだった。だから、僕にとって村下孝蔵は、どこにも分類しにくい、けれど気になるアーティストだった。

日本的情緒の裏に洋楽的なセンスを忍ばせたような村下孝蔵の不思議な音楽性について、ちよっとわかったような気になったのは、彼がデビューしてずいぶん経った時のことだった。

それまではあまり直接的な接触はなかったけれど、札幌で行われた弾き語りライブに同行する機会があり、それほど大きくはないアットホームな会場で、彼のリラックスしたステージを楽しませてもらった。

アコースティックギターの弾き語りスタイルで歌われる曲たちは、しっとりとした情感で空間を包み込んでいった。けれど、ライブが進んでいくなかで、どの曲もエンディングの後に残る余韻がスッキリとしていることに気がついた。ひとつひとつの曲にはたっぷりとした情感があるのだけれど、それが聴き手にべったりとまつわりついて後を引くことなく、曲の終わりとともにスッと消えていく感じがするのだ。

特筆すべきギタープレイ、アコギでシャープなカッティング!

その理由として彼のギタープレイがあったんじゃないかと思う。村下孝蔵はギターが上手かった。アコースティックギターでもシャープなカッティングを主体にしたビート感のある演奏を聴かせていた。そんなギター演奏の心地よいグルーヴが、曲の余韻をスッキリしたものにしていたのではないだろうか。同時に、伸びやかで抜けの良い彼の声質もあったんじゃないかと思う。どんなにウエットになりがちな曲であっても、彼の声で歌われることで、どこかカラッとした印象が残る。そんな気もした。

そのライブの中だったのか、ライブ後の盛り上がりの中だったかは忘れてしまったけれど、村下孝蔵が大好きだというザ・ベンチャーズのナンバーを弾いてくれた。それは、まるで本家のアンサンブルを聴いているようなドライブ感あふれる演奏だった。まるでエレキギターのカッティングのような切れ味の良い音色をアコースティックギターでつくりだす腕前は見事だった。ああ、この人は本気の洋楽少年だったんだな、とその演奏を聴きながら納得した。

王道の抒情フォークのようでありながら、村下孝蔵の音楽がどこか際立って感じられるのは、その奥に潜んでいる洋楽的センスの力があるのではないか。そう思った。

色褪せない村下孝蔵の魅力、その秘密は曲との “距離感”

村下孝蔵の曲は、今でも多くのシンガーに歌い継がれている。とくに「初恋」はシンガーにとって一度は歌ってみたい誘惑に駆られる曲のようだ。

面白いのは、そうしたカバーテイクをいくつか聴いていると、過剰に感情を込めて歌ってしまうと、逆にこの曲の伸びやかさやスケール感がうまく伝わらないように感じられることだ。憶測になってしまうけれど、ソングライターとしての村下孝蔵は日本的な抒情を込めて曲をつくりあげたけれど、シンガーとしての彼は洋楽曲を歌うような感覚で曲に向かい合っていたのかもしれない。そして、その曲との距離感が、今でも色褪せない村下孝蔵の魅力を生み出していたのかもしれないと思う。

カタリベ: 前田祥丈

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