かすむ「厚生」

 日頃、まじまじと見ることはない文字に目を凝らす。手厚いの「厚」と「生」が連なる「厚生」は、健康で、不自由のない生活を送れるようにすることをいう。国民の健康、福祉を受け持つ役所の名にもその文字が含まれる▲官庁にもいろいろあるが、厚生労働省はことの外、血の通った行政をなすべき役所だろう。先ごろの訴訟判決では、その名の逆をいくような厚労省の言い分が、あらかた認められた▲原爆の放射線で病気になった被爆者が、病状を「経過観察」している場合、原爆症と認められるかどうか。その点が争われた訴訟で最高裁は、経過観察を治療の一環と見なせるだけの「特別な事情」が必要であり、原告の被爆者3人がそうとは認められないとした▲認定のハードルが上がったことになる。敗訴した被爆者の女性は悔しさに涙し、「心が折れた」と肩を落とした。被爆75年の光景が胸に痛い▲かつて原爆症認定を巡る訴訟で被爆者側が連勝し、国は被爆者と「訴訟によらない解決」を約束したいきさつがある。それから10年余りたつ今もその糸口は見えず、被爆者が原告となり何年も国と争ってきた▲被爆者団体は「全員救済」制度の案を示しているが、厚労省が目を向ける様子はない。役所の名にある「厚生」の文字が皮肉に思え、かすんで見える。(徹)

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