日韓、東京五輪での首脳会談視野 元徴用工問題、成果なく長期化も

By 内田恭司

ソウルで開かれた集会で安倍首相を糾弾する人たち=2019年8月

 日韓両国間に突き刺さる元徴用工訴訟問題は解決の見通しが立たず、いよいよ長期化は必至の情勢となってきた。当局間の協議が停滞している上、韓国では4月の総選挙を前に反日機運が強まる気配が濃厚だからだ。両政府は7月下旬の東京五輪開幕に合わせた首脳会談を視野に入れるが、具体的な成果が見えなければ実現はおぼつかない。果たして包括的解決に向けたロードマップを描き出すことができるのだろうか。(共同通信=内田恭司)

 ▽韓国国会議長案は廃案か

 「問題の早期解決が重要だ」。茂木敏充外相は2月15日、国際会議のために訪れたドイツ・ミュンヘンで韓国の康京和外相と会談し、元徴用工問題の早期解決への意欲を改めて伝えた。康外相は同意し、外交当局間の意思疎通を続けていく方針を確認した。

 しかし、事態に進展は見られないままだ。元徴用工問題をはじめとする日韓間の懸案について、双方の立場に距離があることが大きい。日本側は、元徴用工問題の解決が何よりも優先するとの立場を崩さない。韓国側は、昨年7月に日本が輸出管理強化に踏み切った7月以前の状態に戻し「静かな環境」の中で元徴用工問題の解決を図ろうという姿勢だ。

韓国の康京和外相との会談に臨む茂木外相=2月15日、ドイツ・ミュンヘン

 期待された韓国国会の文喜相議長案が廃案の危機に陥っていることも、停滞感に拍車を掛ける。国会は2月17日から1カ月の会期で始まったが、議長案への世論の反発が強く、4月の総選挙を前に審議される可能性は低い。

 案が日本側の謝罪を前提としておらず、支給対象をいきなり旧日本軍の元軍人・軍属にまで拡大し、この部分については韓国政府の負担としたため、文在寅大統領も否定的とされ、法案審議の機運は急速にしぼんでいる。

 ▽大統領訪日見据え準備

 それでは、今後はどのような展開が予想されるのか。日本政府関係者によると「3月、4月は韓国の反日姿勢が強まるだろうから、何も動かない。照準を合わせるのは5月以降の時期だ。7月24日の東京五輪開幕に合わせた文在寅大統領の訪日があるものとして、日韓両当局で準備を進めていく」のだという。

 これには経緯がある。実は元徴用工問題を巡っては、安倍晋三首相の「ゴーサイン」もあり、昨年11月の段階で合意が見えるところまで日韓当局間の話し合いが進んでいた。

 検討されていたのは、1965年の日韓請求権協定で賠償問題は解決済みとする日本の立場を踏まえ、韓国の政府と企業が経済協力基金を設立し、日本企業も自由参加する案だ。文議長案の骨格をなす、両国の企業や個人から慰謝料の原資となる寄付金を募り、財団を設立する案も取り上げられていた。

 訴訟の原告団が強く要求する日本の謝罪については、韓国最高裁判決が命じているのは賠償金の支払いだけだと「厳密に解釈」し、積極的に求めないと整理。だが、追加訴訟にも対応を迫られる事態は何としても避けたい日本側の主張を巡っては、韓国政府は行政府であり、司法の分野には介入できないとして、なかなか合意点を見いだすことはできなかった。

 このタイミングで出てきたのが文議長案だった。議長案は、立法府の立場から追加訴訟の扱いについても整理。基金から慰謝料を受け取れば、元徴用工や遺族は請求権を放棄したものとみなし、際限なく追加訴訟が起きる事態に一定の歯止めを掛けていた。日本側からすれば「議長案の方が日本の立場をより踏まえている」との評価になる。

 このため日韓両政府は12月以降、文議長案の行方を見極めていたが、いまや成立は難しく、このまま廃案になる可能性も否定できない。そこで、議長案の挫折が確実になった段階で当局間の話し合いを再開し、7月に開催されるのであろう首脳会談に向け、追加訴訟など残された論点について一致点を見いだしていこうというわけだ。

ソウル市内に設置された元徴用工を象徴する像の前で、文喜相国会議長案に反対する集会を開く労働団体=2019年12月13日

 ▽3月に貿易管理当局会合

 ここで「最も楽観的なシナリオ」(日本政府関係者)は、韓国側の主張を踏まえ、まずは日本による輸出規制の強化措置を緩和し、日韓関係修復の機運を醸成した上で、7月に文大統領が訪日。首脳会談で解決に向けた当局間の協議加速で一致し、新たな陣容となった韓国国会に、追加提訴の問題を含めて改めて立法措置を促すというものだ。

 両首脳は7月以降も、9月の国連総会に、11月の東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、主要20カ国・地域首脳会議、さらに今年は韓国が議長国を務める日中韓首脳会談と、顔を合わせる機会が5回はある。これらの機会に首脳会談を重ねることもできる。

 このシナリオの成否を探る狙いもあるのか、昨年12月以来となる、輸出管理強化に関する貿易管理当局による日韓局長級会合が3月14日にソウルで開催予定だ。強化措置の撤廃や緩和は、話し合いで決まるものではないため、この場で日本側が何らかの判断を下すことはないが、会合の成果として前向きな雰囲気を示す可能性はある。

 ▽総選挙後の展開読めず

 だが、シナリオ通りに進むにはいくつもの難題が待ち受ける。日本側は、総選挙期間に入る韓国内で反日色が強まるのは織り込み済みで当局間の話し合いを進める構えだ。しかし、韓国側から日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄再検討の議論が再燃したり、韓国最高裁による差し押さえ資産の売却命令が出たりすれば、協議の推進は難しくなる。

 総選挙前には、ユネスコの世界遺産に登録された長崎・軍艦島など「明治日本の産業革命遺産」に関し、労働実態など「歴史全体」を理解するための情報センターが東京・新宿にオープンする見込みだ。韓国の強い要請で設置が決まったものだが、展示が「韓半島出身者は過酷な条件下で強制労働させられた」という韓国の歴史認識に添った内容になるとは思えない。当然韓国は反発し、日韓関係のきしみが増すのは必至だ。

 さらに総選挙で、文大統領の与党である「共に民主党」が敗北し、少数与党に転落した場合、展開はさらに見えなくなる。保守系野党3党が合流した「未来統合党」は選挙戦勝利で結束を強め、超党派で元徴用工問題に取り組むことはせずに、2年後の次期大統領選をにらんで政権追及の材料にすることもできるからだ。

 それゆえ与党が勝利しても、野党の協力がどれだけ得られるのかは見通せない。加えて追加訴訟の扱いについて、当局間の話し合いで韓国側の姿勢に変化がなければ、事態は動かないままとなる。首脳会談どころか文大統領の訪日そのものが困難になり、先のロードマップは大幅な見直しを余儀なくされるだろう。

 ▽追加訴訟はパンドラの箱

 ただ安倍政権内は、問題解決は不可能だとの悲観論や対韓強硬論ばかりではない。超党派の日韓議員連盟幹部(自民党)は、韓国によるGSOMIA破棄について「米国との関係上、できない」と分析。資産売却については、査定に時間がかかる上、売却命令書の現物を日本企業に送達するかどうかは、国際条約に基づき日本側に裁量権があるため、「命令が出ただけでは、ぎりぎりレッドラインを越えないと官邸は判断している」のだという。

平昌五輪の開会式に出席した安倍首相(前列右端)と開会宣言をする韓国の文在寅大統領=2018年2月9日

 文大統領の訪日も、日韓両国での新型コロナウイルスの感染拡大という不確定要素はあるが、2018年に安倍首相が平昌冬季五輪の開会式に出席するために訪韓したことへの「答礼訪問」として受け入れるというのが日本側の基本姿勢だ。

 日本が追加訴訟を警戒するのは「パンドラの箱」を開けかねないからだ。韓国最高裁判決のロジックは「個人請求権は消滅しておらず、不当な植民地支配に基づく不法な徴用への賠償は、日韓請求権協定の枠外として認められる」というものだ。この法理は、侵略を受けた中国にも当てはまりうるし、将来の日朝国交正常化交渉を見据えた際に、北朝鮮が過大な「過去清算」を求める根拠とする可能性すらある。

 日本側は、文大統領は日本側の懸念を分かっており、日韓関係を安定軌道に戻すために一定の配慮を示すと見込んでいる。答礼訪問の受け入れは、この見込みと期待が前提となっていると言っていい。5月以降、当局間の話し合いが本格化すれば、韓国側から「日本の立場を理解する」などの言質が取れるかどうかが、大きな焦点となるだろう。

 ▽決着見えず漂流も

 この先の展開は、さまざまな変数があって明確に予測できないが、文大統領が歩み寄るなら、元徴用工問題は解決への機運が出てくるのではないか。だが、当局間の話し合いが不調に終われば、文大統領が訪日しても追加訴訟の対応は収拾がつかないままとなり、問題はいよいよ長期化する可能性が高い。

 一方で、韓国最高裁が資産売却命令を出し、競売による強制執行で差し押さえ資産を現金化すれば、日本政府が報復措置を講じるのは確実だ。報復で受ける打撃は韓国の方が大きいため、最高裁といえども現金化にはなかなか踏み切れないだろう。

 安倍首相の任期は21年9月、文大統領は22年5月までとなっている。日韓双方は次期政権での解決もにらむことになるが、決着の形が見出せないまま、元徴用工問題はずるずると漂流を続けることになるのかもしれない。

中国成都での日中韓首脳会談の際、韓国の文在寅大統領を会談会場に招き入れる安倍首相=2019年12月24日、中国・成都

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