官邸の強引な検察人事が生み出した意外な産物 「流れ」生まれた国会質問、野党足並みそろう

By 尾中 香尚里

 立憲民主、国民民主、共産、社民の野党4党は27日、森雅子法相に対する不信任決議案を共同で衆院に提出した。黒川弘務・東京高検検事長の定年延長を巡り、国家公務員法の法令解釈を変更したなどの対応が「司法制度の根幹を揺るがす」(安住淳・立憲民主党国対委員長)と判断したのだ(不信任決議案は同日、反対多数で否決された)。政界では「不信任決議案の扱い」ばかりが着目されがちだが、ここでは時計の針を1日戻し、この問題をめぐる26日の衆院予算委員会集中審議を振り返ってみたい。森法相の不安定な答弁をあげつらいたいのではない。この問題を取り上げた立憲民主、国民民主、共産の質問の「流れ」に、久々に感銘を受けたからだ。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

衆院予算委で質問する立憲民主党の枝野代表=26日

 26日の集中審議では、立憲の枝野幸男、国民の玉木雄一郎の両代表がそろって質問に立った。共同で会派を組む両党の党首がそろい踏みしたことに、この日の質疑にかける野党側の意気込みがうかがえた。

 最初に質問した枝野氏はまず、定年に関する国家公務員法の規定が検察官には「適用されない」としていた政府の従来の法令解釈を法務省が変更したことについて「(従来の政府)解釈を変更するには、なぜ変更が合理的なのか説明がなければならないのに(法務省が同日、予算委に提出した定年延長をめぐる内部検討のメモには)一言も書いていない」と指摘。「過去に解釈があることを見落とした。明らかに手続き的な瑕疵(かし)で、違法だ」と強く批判した。

 枝野氏はさらに「仮に国家公務員法の勤務(定年)延長が適用されるとすれば」と前置きして、定年延長を行えるケースを列記した人事院規則を持ち出した。

 人事院規則には、定年延長が可能な例として「名人芸的技能等を要する職務に従事しているため、後継者が直ちに得られない場合」「離島その他へき地官署等に勤務しているため、欠員を容易に補充できない場合」「大型研究プロジェクトチームの主要な構成員であるため、退職で研究の完成が著しく遅延するなどの重大な障害が生ずる場合」の三つが列記されている。

 枝野氏は「二つ目、三つ目、全然あたりません。何の名人芸なんですか。総理に取り入る名人芸ですか!」と言い放つと、さらに人事院規則の「留意点」に「(定年延長は)『当該業務に従事させるため引き続いて勤務させる』制度であり、原則として他の官職に移動させることができない」と書かれている点に触れ「彼を(人事異動で)検事総長に上げたら、人事院規則に反する」と政府をけん制した。

 民主党政権時代に「法令解釈担当相」を務めた枝野氏らしい理詰めの質疑だったが、議場を沸かせたのはこの後だった。

2月19日の検察長官会同に出席した黒川弘務東京高検検事長。左は林真琴名古屋高検検事長=法務省

 「法曹三者の中で、検察官を選ぶ方のほとんどの理由は社会正義の実現だ。権力の不正があった場合、そこにメスを入れられるのは検察しかない。その誇りが、検察官を目指す人たちの大きな理由だった。官邸に忖度(そんたく)して人事までゆがめられているという印象を(持たれ)、検察まで権力に忖度するものになってしまったのでは、優秀な人間が検察官にならなくなる。日本の司法制度の崩壊だ。こんなことをあなたはしているんだという、その自覚を持っていただきたい」

 「あなたは」で、心なしか語調が強まったように聞こえた。枝野氏と森氏は東北大法学部の同期生で、ともに弁護士。それまでの理詰めのやりとりからうって変わった、若干感情がほとばしったような質疑に、かつての「仲間」に司法を担う人間としての誇りを取り戻してほしいという、願いにも似たものが感じられた。

 続いて質問に立った玉木氏。冒頭「枝野代表の質問に引き続いて検察官の定年延長を取り上げたい」と切り出すと「この問題は、わが国が法治主義なのか、恣意(しい)的な、人によって動かされる人治主義の国なのかが問われている根源的、根本的な問題だ」と訴えた。立憲民主、国民民主両党の「合流」が頓挫し、一時は若干ぎくしゃくしたものも感じられた2人だが、同じ会派として事前に質問の流れを調整し、連係プレーをアピールした。

衆院予算委で質問する国民民主党の玉木雄一郎氏=26日

 玉木氏の質疑では、森法相が政府の従来の法令解釈を知った時期について述べた過去の国会答弁が、内閣法制局が法務省から解釈変更の相談を受けた時期よりも後であることを指摘し、答弁修正に追い込んだ「成果」が注目された。ただ、個人的に興味深かったのは、人事院が1月24日、解釈変更について法務省に回答した文書に日時が示されていなかったことをめぐる質疑だった。

 文書に日時がない理由をただす玉木氏に、人事院の松尾恵美子給与局長は「直接文書を渡していたので、日付を書く必要がなかった」との答弁を繰り返した。しびれを切らした玉木氏は、松尾氏に公文書(行政文書)のあり方を講釈し始めた。

 「解釈を確定するような行政文書は、極めて重要な行政文書だ。行政文書はその時期の行政官や政権のものではなく、のちの世を含めた『国民共有の財産』というのが基本理念。歴史的検証に耐えるために行政文書は作成される」

 対面で文書を渡せば、相手には受け取った日時が分かっているので日付を書く必要はない―。そんな論理は通じない。後世の検証に耐えるためにも、行政文書には日付を記すのが当然だ。そんな言わずもがなのことを説いた後、玉木氏は「対面で渡したら作成日時を抜いていい、という規定はどこにあるのか。法的根拠を示して明確に説明してほしい」と求めた。

 これに対する松尾氏の答弁が「法的根拠は承知していない」。

2月12日の答弁を修正した人事院の松尾恵美子給与局長=2月19日、衆院予算委員会

 議場は騒然とした。

 玉木氏には、松尾氏個人を糾弾する意図はなかったようだ。松尾氏は、国家公務員法の定年延長規定が検察官には適用されないという従来の政府解釈について「現在まで続いている」と答弁し、後に安倍晋三首相が国会で解釈変更を明言したこととのつじつまを合わせる形で「つい言い間違えた」と答弁修正に追い込まれている。玉木氏は「松尾氏がかわいそう。公務員としてプライドを持って答弁してきた官僚に、答弁を撤回させるような政治であってはならない」と訴えた。

 弁護士の枝野氏が司法を担う人間の矜持を語り、財務官僚出身の玉木氏は、行政官のプライドに力点を置いた。2人の間でどこまで認識が共有されていたかは分からないが、結果として良い役割分担だった。

 共産党には申し訳ないが、この日筆者は「枝野、玉木両氏のそろい踏み」に着目していて、質疑がここまで進んだ段階でかなり満足してしまっていた。ところが、この後に続いた同党の藤野保史氏の質疑に、自分でも驚くほど引き込まれた。藤野氏は「なぜ検察官に特別の定年制度があるのか」について、戦後日本の出発点から語り始めたのだ。

 「それは戦前の反省に立った、日本国憲法に由来する特殊性です」

 藤野氏はまず、現行の検察庁法が「戦前の刑事手続きにおける人権侵害を二度と繰り返さないという(日本国)憲法の立場から」制定されていることを強調。日本国憲法が大日本帝国憲法に比べて司法権の独立を強化していること、その精神を具体化するため刑事訴訟法が作られ、それを実施するために裁判所法と検察庁法が制定されたこと―という経緯を、終戦3年後の1948年に行われた刑事訴訟法の提案理由説明をひきながら解説した。

 そのうえで、枝野、玉木両氏の質疑でも触れられた法務省のメモに「検察庁法のいわば前身である裁判所構成法」という記述があったことに焦点を当てた。「『戦前の法律(裁判所構成法)の趣旨が国家公務員法の定年の趣旨と同じだ』(だから今回も国家公務員法の定年延長は検察官に適用可能)という論立てなんです」

 言うまでもなく、裁判所構成法は大日本帝国憲法下の法律だ。現行の検察庁法との連続性をうたうのは無理がある。藤野氏は「三権分立が極めて不十分な法体系のもとにあるこの法律(裁判所構成法)が、なぜ持ち出されてきたのか」と指摘。「法の支配を担うべき法務省が、こともあろうに戦前の法律を持ち出して、最高法規である憲法を踏みにじっている。断じて許せない」と怒りをあらわにした。

 護憲を掲げる共産党らしい質問。藤野氏は枝野、玉木両氏とは異なるアプローチで、定年延長の問題点をあぶり出した。

 三人三様の質疑によって、今回の定年延長が、これまでさまざまな問題で指摘されてきた安倍政権の体質を凝縮した問題であることが浮き彫りになってきた。

 集団的自衛権の一部行使をめぐる解釈改憲でみられた安倍政権の姿勢は、今回の定年延長問題における「政府見解を見落とした人事決定という違法を、法改正なき解釈変更という違法で糊塗する」(玉木氏)という指摘と見事に呼応する。森友学園問題で、首相の答弁に状況を合わせるために財務省が公文書の改ざんにまで手を染めたことは、この日の質疑における森法相や人事院の松尾氏の答弁の揺らぎともつながる。藤野氏が指摘した「解釈変更の理由づけ」は、はからずも安倍政権の戦前回帰志向、三権分立を否定する意識をうかがわせた。

 そして、この定年延長の最大の問題である「人事権を乱用して官邸に近い人材を登用する」ことは、2014年の内閣人事局発足以降、何度となく見せつけられている。まして今回は検事総長含みの人事とされる。首相を逮捕することもできる検察トップの人事に、首相自身が介入しようとしているのだ。

衆院本会議に臨む安倍晋三首相。答弁で黒川弘務東京高検検事長に国家公務員法の勤務延長を適用するに当たり、法解釈を変更したとの見解を示した=2月13日

 最後に枝野氏の質疑を引用しておきたい。

 「黒川検事長は『官邸に近い』と言われてきた。この方をこんな無理をして任期延長させ、検事総長にあてようとしているのは、総理自ら『桜を見る会』に対する政治資金規正法の捜査を防ごうとするものだと疑われている。このことを言われるだけでも、検察の中立性に対する信頼を失わせる意味で、この人事は不当だ」

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