広島カープのチケット販売が“例年以上に物議をかもす”悩ましい事情

「3月1日に予定されている広島東洋カープ公式戦のチケット販売方法は、ファンを新型コロナウイルスに感染する危険にさらす所行。是非とも中止すべき」

広島東洋カープの本拠地、広島市でスポーツ専門のネットメディア「ひろスポ!」を運営している田辺一球氏は、強い論調で疑義を呈します。

本稿を執筆している2月28日16時時点で、カープのチケット販売は予定通り実施されることになっています。チケットを販売するだけの行為が、なぜファンを新型コロナウイルスに感染する危険にさらすことになるのか。そこには、この球団固有の事情が深く関係しているのです。


阪神と広島だけが一斉販売を実施

2月下旬から3月初旬は、プロ野球の公式戦のチケットの発売が開始される時期。中でもここ数年、注目を集めているのが広島東洋カープです。

プロ野球のチケットは、12球団中10球団が原則、ゲーム開催日前月の初旬に売り出す形をとっています。しかし、阪神タイガースと広島東洋カープの2球団は、1シーズン分の全試合のチケットを開幕前のこの時期に一斉に売り出す販売方法をとっています。

阪神はインターネット、電話、FAXで販売していますが、カープはメインの販売窓口が球場窓口。しかも、1人当たりの購入可能枚数に制限がありません。

この方法を始めたのは1997年。球場に閑古鳥が鳴いていた頃です。具体的には、3月1日の発売に先駆け、2月下旬に整理券を配り、その整理券の順番で窓口での購入ができるというルールになっています。少しでも多く、先のゲームまでチケットが売れるようにと考えてのことで、ほんの数年前までは何の問題もありませんでした。

黒田復帰で始まったチケット争奪戦

状況が一変したのは2015年。2014の暮れにメジャーに移籍していた黒田博樹投手のカープ復帰が報じられると、3月1日以前に年間シートが完売したのです。

カープは3月1日の一般販売に先駆け、2月下旬頃までに年間シートホルダーとファンクラブ会員、球団スポンサーへの優先販売を実施しており、一般販売以前に売れた分だけ、一般販売に回る席数が減ります。

これで一気にファンは飢餓感を煽られ、今は無きチケット転売サイト「チケットキャンプ」の急拡大もあって、転売目的の需要も同時に爆発的に増加。整理券を求めて、発売日の相当以前から順番待ちをするテントが大量に発生するようになったのです。

2016年シーズンにカープがリーグ優勝を果たすと、状況はさらにエスカレート。2017年は、整理券配布の順番を待つための1号テントが2月6日に出没。発売から3日で指定席は完売しました。この時点で残っていたのはビジター応援席と自由席のみでした。

<写真提供:ひろスポ!>

昨年は5万人が集まり大混乱

2018年シーズンはさらにヒートアップし、1号テント出没はさらに早まって1月26日。 球団は「1人当たりが購入できる試合数は5試合まで」という制限を加えましたが、枚数制限は設けない措置を続けました。

チケットキャンプは前年の暮れにサービスを終了していましたが、他のチケット転売サイトには、配布直後から早い番号の整理券が高値で出品される事態に。3月1日当日も、1人で長時間窓口で粘る大量購入者が現れ、整理券を持っていても遅い番号の人は、限られた日程の分しか買えない人たちが続出しました。

翌2019年は、さらに大騒動になりました。この年はテント村対策のため、整理券を早い者勝ちではなく、抽選制にしました。3月1日に買える人を800人、3月2日に買える人を1,300人とし、抽選結果は球団サイトで発表するようにしたのです。これなら、何日も前から並ぶ合理性がなくなります。

しかし、抽選券の配布対象を「2月25日午前11時までに球場敷地内に入場した人全員」としていたところ、球団側の予想をはるかに超える5万人が球場に殺到。球団は2万人程度を想定していたのです。

午前11開始予定だった抽選券の配布を9時40分に前倒して、午前11時に球場のゲートを閉鎖。その時点で締め出されてしまった人が約1万人も出て、大混乱となりました。周辺道路にも人があふれ、高速道路や主要幹線でも大渋滞が発生。怒号が飛び交う場面を報じたニュースは、首都圏でも放送されました。

新型コロナ対策はカーペット?

以上の経験を踏まえ、今年は抽選券の配布時間を午前9時から夕方16時までとし、抽選券は25万枚を用意。警備員も大量に投入したわけですが、配布日は2月23日。すでに新型コロナウイルスの蔓延が大問題になっていた時期ですから、冒頭の通り、田辺氏は抽選券の配布に強く反対したのです。

球団側は事前に2メートル間隔で並ぶよう呼びかけていましたが、実現できるわけもなく、抽選券を求めて球場を訪れた人は、ごく普通の間隔で列を形成。約4万6,000枚の抽選券が配布されました。

抽選の結果は2月28日の昼過ぎに球団ホームページで公表され、3月1日は予定通り窓口販売を実施することを宣言しました。2月23日には2メートル間隔で並ばせることに失敗したからか、3月1日はパンチカーペットを2メートル間隔で順路に貼り、警備員を配置して、必ずその上で待機してもらうようにするそうです。

窓口販売も今年は3月1日の1日だけにし、抽選での当選者も1,200人に減らし、番号ごとにおおむね45分刻みで来場時間を指定。1つの時間帯に来てもらう人数も、昨年は90人でしたが、今年はその半分の45人に減らしたそうです。マスク着用も必須で、マスクを用意できない人は用意できる人に代役を頼むよう求めています。

チケットを購入する際には氏名や連絡先を書いてもらうため、筆記具も自前のものを持参するよう呼びかけています。今のところ、3月20日の公式戦開幕は予定通りですので、チケットの発売を延期すれば、さらに混乱を招くことは間違いありません。発売延期は不可能ではあるのです。

カープが対面販売にこだわる理由

もっとも、カープ球団が窓口販売にこだわらず、他球団と同様、プレイガイドにチケットサイトの運営を委託してしまえば、こんな苦労はしないで済むことも事実です。

球団が自前でチケットサイトを構築し、プレイガイドなどへのチケット販売の委託すらしていない球団もあれば、一見すると球団直営のチケットサイトのようだけれど、実は構築から運営まで、すべてプレイガイドに丸投げという球団もあります。

カープは長年、窓口で対面販売することで、購入者との会話で得られるものは大きいと考えてきたようです。筆者は2014年夏にマツダスタジアムで観戦しているのですが、その頃はゲーム開催の1ヵ月前に普通に指定席のチケットが買えました。

チケットの申し込みはメールでしましたが、実際に席が確保できたかどうかや、受け取り方法などはチケット担当の球団職員と電話でやり取りした記憶があります。購入者との会話で得られるものが大きいと考える、球団の考え方も理解はできます。

しかし、ここまで来ると、対話も何もありません。チケット販売に苦労した時期が長かった分、人気が水物であることへの警戒心は根強いものがあるようですが、ファンの忍耐も限界に来ているのではないでしょうか。

禁止法施行後も横行し続ける不正転売

今年は大きなトラブルもなく抽選券の配布が終わったことは間違いないのですが、「何年もかけて対策を小出しにする理由がわからない」という声も聞かれます。

昨年6月にチケット不正転売禁止法が施行され、チケットの不正転売に刑事罰が科されることになったものの、規制対象になる要件は非常に狭く、興行主側にかなりの努力を求める内容になっています。

カープも購入申し込み書類に氏名や連絡先を書かせるようにしましたが、それらが券面に記載されていないと規制対象になりません。実際に刑事罰を科そうとするなら、転売チケットでの入場者をシャットアウトするくらいのことをしないと、実効性は上がりません。

しかし、毎試合3万人前後の観客がやってくるプロ野球の試合で、それを実行することは不可能です。そのせいか、チケット転売サイトには、今年も年間指定席のチケットが大量に出品されています。

3月1日を過ぎれば、さらに一般販売で購入されたチケットが出回ることになるでしょう。もしも対面販売ならではの不正転売撲滅策を講じることができるのであれば、ファンの理解も得られるかもしれません。

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