距離を置いたからこそ見えた阪神の姿 藤川球児が優勝にこだわるワケ「責務がある」

阪神・藤川球児【写真:荒川祐史】

米球界、独立リーグを経て再び阪神へ 「阪神に残っていたら…」

 7月に東京オリンピック・パラリンピックが開催される今年、NPBは7月21日から8月13日までシーズンを一時休止する。24日間のブレイクがペナントレースにどんな影響を及ぼすのか、誰も分からない。そんな新たな経験が待つシーズンを前にしても、プロ22年目を迎える阪神・藤川球児は動じない。

「怪我して何か月も空けたことあるし、トミー・ジョン(手術)の時は1年も空いたからね。僕はブランクは慣れてますよ(笑)。ただ、そういう経験を持つ選手がチームにいると、気持ち的に強いかもしれませんね」

 野球に限らず、何事も経験は侮れない。「ベテランは経験があるということ。辿ってみると、経験が物を言う部分は少なからずあると思いますよ」という右腕も、様々な経験を積み重ねた。高知商では甲子園出場、1998年ドラフト1位で阪神に入団し、リーグ優勝2度、守護神としても輝かしい成績を残し、日本代表として出場したWBCでは2度世界一に立った。2013年にはメジャーに渡り、2球団でプレー。独立リーグを経て、2016年から再び阪神のユニホームを身にまとい、欠かせない戦力として貢献している。

 もしメジャーに行かなければ、阪神に残って積めた経験があったかもしれない。すると、藤川は笑いながら首を横に振った。

「阪神に残っていたら、多分もう辞めてると思うね。そんなに上手くいかないわ、メンタルが。野球には飽きないけど、同じ環境の中でずっとみんなに見られている状態に、苦しさを感じてしまっていたんじゃないかと思います。たとえ家族であっても、10年間ずっと同じ部屋に入れられたら苦しくなって、外に出たくなるでしょ。そして、離れた時に改めて家族の大事さ、頼りがいが感じられる。離れてみて、初めて寂しさだったり、自分一人だとこんなもんなんだって感じたり、そういう経験をすることは必要ですよね」

野球界でも求められるDIY「求められる人材や取り組み方自体には変化があってもいい」

 阪神に再加入した藤川は、以前よりも“ありのままの姿”を見せるようになったという。後輩を含むチームメートに対しても、ファンに対しても「きれい事だけじゃなくて、包み隠さずに全部、チャレンジする姿や勝負する姿を伝えています」。成功する姿だけではなく、つまずいたり転んだりする姿も含めて、自分自身だからだ。

「周りに成功していると思われている人ほど、しんどいんじゃないですか。明日も明後日も成功しなければいけないし、失敗したら、それをかき消すくらいの活躍が必要。少し傷が一度でもついたら、しばらくは信用を取り戻す期間になってしまうから。僕もそういう時期はありました。だけど、周りの意見や見方はなかなか変わらない。だから、今はとにかくブレずに、自分ができることをきっちりきっちりやるだけですね。いろいろ試した結果、自然体が一番いいんじゃないかって」

 こう考え始めたのはアメリカに行った後、ちょうど右肘靱帯を損傷し、長期離脱を余儀なくされた頃だ。それまで全速力で突っ走っていたスピードを緩めてみると、物の見方に変化が生まれた。

「周りの期待や求める結果に自分からへばりついていったり、こういう選択が普通だろう、ああいう選択をしなければいけない、という判断はしなくなりましたね。感じる期待に、ウソをつかずに向き合うことが大切。周りに合わせるのではなく、自分で判断できることが大切ですよね」

 自分で考え、行動する力を持っているか。野球界に限らず、今、世界で求められるのは「DIY(Do It Yourself)」ができる人材だ。

「野球でも会社でも、今は上の人が決めたメニューをこなす時代ではないでしょ。それを続けていたら、大きな人間的成長なんてありません。学校教育も自分たちで何かを創り出そうという方針に変わっている。世の中が変わっているんだから、野球界もシフトしていかないと。野球のルールは変わらないですけど、求められる人材や取り組み方自体には変化があってもいいんじゃないかと思います」

離れて見えた阪神の姿「ファンの方たちの気持ちがあって出来上がっている球団」

 時代は移り変わっても、野球選手として変わらない思いがある。それが優勝にかける強い思いだ。今年は「もちろん、優勝するしかない。それしかない」と言い切る藤川は、誰よりもファンのために優勝したいと考えている。

「阪神タイガースが持つ伝統だったり、関西に阪神タイガースがあり続けた伝統は、絶対に大事にしないといけない。それは自分たちが決めてきたのではなく、阪神タイガースを応援するファンの方たちの気持ちがあって出来上がっている球団だから。だから、会社のトップが変わったから経営方針が変わりました、ということが許されるような団体ではないんです。

 もっと言えば、球団としてファンの声に動かされる前に、自分たちで先に動かなきゃいけない。自分たちが動き出して何か変化をもたらしたり、積極的に大きな声を上げて一つになって取り組めば、ファンはイライラせずに楽について来られるんですよ。方向性を決めたら、そこに真っ直ぐ向かって答えを出す。答えを出す=優勝ですよ。ファンが一番喜ぶ形は優勝。サイン1枚もらうこともうれしいかもしれない。でも、サインをもらった選手が活躍して優勝するのが一番うれしいはず。そこは僕らは本分の野球で答えを出さないといけないし、そのための努力はみんな惜しまない。すごくいい組織に変わってきましたよ」

 誕生日を迎えれば40歳になる。チーム最年長投手として、2005年以来のリーグ優勝、1985年以来の日本一に対する「責務がある」と感じているという。

「優勝する。そこは自分の責務がある。大きな責任を感じているけど、それはありがたい責任。40歳になる年を迎えて、人生の目標となるモチベーションをいただいた。年齢に関係なくたくさんの仲間たちと一緒に、しかも会ったことのないファンの思いも汲みながらできるのは幸せなこと。阪神タイガースには、自分の人生を輝かせてくれた恩がありますからね」

 自然体で真っ直ぐ野球と向き合うこと。それこそが、藤川が見つけた、答えを出すための最善策なのかもしれない。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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