【ゲームとアニメの≒】第8回「失くした体」

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アニメ評論家・藤津亮太氏が話題のアニメを紹介する「ゲームとアニメの≒(ニアリーイコール)」。第8回はNetflixにて配信中、ジェレミー・クラパン監督によるフランスのアニメ映画「失くした体」を取り上げます。

ゲームとアニメは本来異なる媒体ですが(≠)、その中での共通項(≒)となる部分にフォーカスしたいという思いから立ち上げた本連載。毎回話題のアニメをアニメ評論家の藤津亮太氏の切り口で紹介しつつ、Gamer編集部からはそのアニメがどういったゲームファンにオススメできるかをピックアップしていきます。

第8回は、カンヌ、アヌシー映画祭ダブル受賞を果たし、アカデミー賞候補となった、ジェレミー・クラパン監督によるフランスのアニメ映画「失くした体」を取り上げます。

■第8回「失くした体」

より

「失くした体」は、「トレインスポッティング」と「この世界の片隅に」が重なる場所に立っている。

「失くした体」は、2つの軸からなりたっている。ひとつは、切断された“右手”がパリのある医療施設から逃げ出して、元の体を求めていく物語。タイトルはこの右手の視点にちなんだものだ。もうひとつは、孤独な青年ナウフェルの物語。ナウフェルの右手には、逃げ出した右手と同じホクロがあり、やがて彼の手から右手が切り離されることが予感されながら、こちらの物語は進んでいく。

ナウフェルは孤独な青年だ。自動車事故で両親が死に、彼は少年時代からパリの親戚の家にやっかいになって生きてきた。現在の仕事はピザの配達人。幸福だった少年時代は遠く消え去り、子供時代に憧れた宇宙飛行士にもピアニストにもなれず、ナウフェルは世界に馴染めないまま暮らしている。

「トレインスポッティング」は冒頭に「人生を選べ」というフレーズが強調される。それと呼応するように、本作ではナウフェルが「運命は変えられるか」について語るシーンがある。サッカーのドリブルみたいに急に向きを変えて、ビルの向こうにあるクレーンに飛び移る。そうやって思わぬこと、やっちゃあいけないようなことをやった時、うまくいけば世界は変わる。ナウフェルはそう語る。だが皮肉なことに、この会話の直後から、ナウフェルの運命はまた過酷な方向へと傾いていく。ナウフェルは本当に運命を変えられると思っているのか。そこに絡んでくるのが右手だ。

「この世界の片隅に」では主人公すずが、戦災で右手を失う。絵を描くことが好きなすずにとってそれは世界との接点を失うことでもあった。だがやがてある瞬間、“右手の気配”が現れ、すずの頭に触れ消えていく。「失くした体」でも、体から切り離された右手が、ナウフェルのもとへと再び現れる。それは「この世界の片隅に」と同様、静かだけれととても切なく重要なシーンだ。

ナウフェルの右手は、子供時代の思い出と結びついている。ハエを捕まえようとした右手。宇宙飛行士の人形を持って遊んだ右手。ピアノを引いた右手。周囲のいろんな音を録音するためにマイクを持った右手。どんなことになっても思い出はあなたを忘れたりはしない。まるでそのことを伝えるかのように右手はナウフェルの元へ還ってくるのだ。

この「運命は変えられるか」「思い出はあなたを忘れたりはしない」という2点により、孤独なモロッコ移民の青年の映画は“あなた”の物語となっていく。

「失くした体」Netflix公式サイト
https://www.netflix.com/jp/title/81120982

■藤津亮太(ふじつ・りょうた)

アニメ評論家。1968年、静岡県生まれ。雑誌・WEB・BDブックレットなど各種媒体で執筆するほか、朝日カルチャーセンター、SBS学苑で講座を担当する。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ―セロ年代アニメ時評―』(NTT出版)、『声優語~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~』(一迅社)、『プロフェッショナル13人が語るわたしの声優道』(河出書房新社)などがある。毎月第一金曜日には「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)でアニメの話題を配信中。

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