臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(224)

©Nikkey Shimbun

 左側の廊下の先の寝室はニーチャン、アキミツ、セーキ、ミーチの4人の男子たちに与えられた。一方のダブルベッドには上の二人、もう一方は下の二人が使った。居間の右側の小さい部屋にはシングルベッドにネナとツーコが二人逆さまに寝るようにした。奥の大きな寝室にはダブルベッドとシングルベッドをくっつけて、正輝夫婦といちばん下のヨシコとジュンジが寝ることになった。
 引越しは1953年に行なわれたが、初めての夏の雨で、その家がいかに不細工なものか知らされた。雨漏りはそれほど問題にはならなかった。ベッドの上にシーツを四隅の壁に釘付けその下で眠ればいいのだ。けれども、大量の雨が家の前の溝からあふれ、台所の壁の溝に流れこみ、その水がすごい勢いで、夫婦と下の子たちが眠る部屋に入り、ベッドの脚まで上がってきたのだ。もし、雨が降り続けていたら、台所の奥の穴から流れ出せず家中水浸しになっていただろう。
 家族はベッドの脚もとに流れる水、その異常な光景を恐怖と驚愕の目で眺めた。小さな子どもたちは台所の溝をいきおいよく流れ、穴に消えていく花をみて、手を叩いた。木片やごみも流れてきた。ジュンジは居間にいき、床のセメントのかけらを拾ってきて、家のなかにできた川に投げると、ポチャンと音がし、たちまち急流にながされるのをみて喜んだ。豪雨は半時間後おさまった。なにはともあれ、家族にとっては面白い一日だった。
 今度の家には、前に住んだ家同様、洋服ダンスというものがなかった。当時は高価でぜいたく品だったこともあるが、家の面積からすると不要の長物だったのだろう。洗って乾いた服はそれぞれの寝室に置いてある籠に入れられる。必要なとき各自がアイロンをかける。洗濯業の経験があるから、アイロンかけはお手のもの。アイロンがもてるようになると年下の子どもたちも自分でかけることを覚えた。
 灯油の強い臭いは家族にとって頭痛の種となった。ことに、ヴィーラ・ピーレス時代から気管支に問題を抱えるヨシコには灯油を年がら年中使うので、とくにきつかった。ひどい咳で、胸がゼーゼーし、食欲もなくその結果、体重もどんどん減った。ただでも痩せていたのに目に見えて細くなっていった。日本で習ってきた治療法も他の子どもたちに効いたがヨシコには効果がない。
 何年か前「息子を医者にする」と決め、そのためにヴァンベルト・ヂアス・ダ・コスタ医師に名付け親を依頼し、医科大学入学試験準備中のマサユキがヨシコの病気について「灯油が発するガスが原因だ」と結論をだした。正輝も同意した。それに、灯油は高すぎる。毎日、ヨシコとジュンジは5リットルのワインの空き瓶を1本ずつ抱えて同じ歩道に面したジョン・モルガンチさんの店に買いに行く。セーキだけはどういうわけか、灯油レンジの前を通っても平気なのだ。なにかを売った金を灯油を買う金として、母に差し出したりした。
 正輝は工夫好きだから、灯油レンジの代わりに、たとえ長持ちしなくても、燃料のかからない代用品を作ろうと考えた。18リットルの油の空き缶があれば簡単に作れる。缶の底に近いところに1リットルのビンか600ミリリットルのビール瓶が通れる四角い穴を開ける。どちらの瓶も直径はだいたい同じだ。燃料にはおがくずを使う。おがくずはすぐ側のモレイラ製材所でただで手に入れる。