フランシスコ教皇を待ち受ける試練

カトリック教会、分裂の瀬戸際か

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教皇フランシスコ(ロイター=共同)

 昨年11月に来日したローマ教皇フランシスコは、その振る舞いと力強いメッセージの両面で、多くの日本人に強い印象を残した。その教皇、バチカンに戻ると厳しい日々が待ち受けていたと言う。2000年続くカトリック世界の大転換を掲げ、教会改革に挑む教皇に、教義に厳格な一部の超保守派が公然と批判の声を上げ始めたのだ。一方、教皇に近いリベラル派には改革が中途半端に映る。この状況に「カトリック世界が『大分裂』の一歩手前」とかき立てるメディアも現れた。13億人の信者を抱えるカトリックの総本山で何が起きているのだろうか。(文明論考家、元駐バチカン大使=上野景文)

 ▽異常事態

 「私の告発に答えようとしない教皇の姿勢は、彼の掲げる透明性に著しく矛盾する」

 2018年9月、バチカンの元駐米大使カルロ・ビガノ大司教は、カトリック聖職者による未成年者虐待を巡り、教皇の対応を批判する文書を発表。同8月には教皇に退位を迫る11ページに及ぶ告発文を公開していた。

 反発はビガノ師にとどまらない。2016年には離婚者の扱いを巡りバーク枢機卿ら3人が公然と反発。2017年2月には「あなたの慈悲の心はどこに」などと教皇を批判するポスターがローマ市内の各所に張り出されたのだ。今年に入ってからも、サラ枢機卿がベネディクト前教皇を取り込み、反教皇活動をする事案が明るみに出た。

教皇を批判するポスター=2017年2月、ローマ(ロイター=共同)

 こうした異例の事態に、国際メディアの中には、約500年前のルターの宗教改革になぞらえ「カトリック教会は『大分裂』の瀬戸際にある」と騒いだものすらあった。

 一連の教皇批判の背景にあるのが、フランシスコ教皇が2013年の就任以来進めてきた教会改革だ。

 ▽異色の教皇

 7年前、世界の脚光を浴びて登場したホルヘ・ベルゴリオ改め、フランシスコ教皇は、バチカンの歴史に照らせば極めて「異例」な人物だ。教会改革の本質を理解するためには、教皇の異例性を三つの角度から押さえておく必要があろう。第一に、歴代教皇がほぼ全員欧州人だったのに対し、フランシスコ教皇は初の南米出身者。第二に、初のイエズス会出身者である点だ。同会特有の「フロンティア精神」を体現する人物で、清貧、質素、奉仕、自己犠牲を旨とし、バチカンの宮廷文化とは対極にいる。

 また、フランシスコを名乗った初めての教皇である点も見逃せない。大聖人、アッシジの聖フランチェスコに由来する。歴代教皇は「キリストの再来」と言われたこの聖人が「偉大過ぎる」ため、その名前を避けてきた。ベルゴリオは、貧しい人、弱者に寄り添った聖フランチェスコに傾倒していたことからフランシスコを名乗ることにした。

 来日時に見せた飾り気のない人柄は、こうした異色の背景に根ざしているのだろう。歴代教皇の中で最もバチカン色が薄い人物が伝統を誇るキリスト教最大教派の頂点に立ったことが、すなわち、彼の「非バチカン性」が、後に超保守派との軋轢を生む改革へとつながっていくのだ。

信者らと交流する教皇=2019年11月24日、長崎市の長崎県営野球場

 ▽歴史的な挑戦

 それでは、教皇は改革によってカトリック世界をどこに導こうとしているのか。その具体的な中身を三つの側面から見ていこう。

 まずは教皇が掲げる「貧しい人たちのための教会」。教会は信徒とりわけ弱者のためにあるとして、聖職者は教会の外に出て弱者や貧者、難民、差別された人々に寄り添うように説く。また罪深い人や受刑者、さらには教会がこれまでタブー視してきた離婚者や同性愛者に至るまで、暖かく包み込むよう訴える。例えば難民問題では、受け入れを拒む世界の指導者をたびたび批判してきた。2016年には訪問先のギリシャからイスラム教徒のシリア人難民3家族12人を連れてローマに戻った。米大統領選の際には、メキシコとの国境に「壁」建設を主張するトランプ氏を「キリスト教徒ではない」と痛烈に批判したこともあった。

 第二は、従来、欧州や北米など西欧先進国に置いてきたカトリック世界の重心を、アジアやアフリカ、中南米といった国々に移そうとしている点だ。いわゆる「南の教会」と呼ばれる考え方だ。教皇は、世俗的問題としての南北問題について、格差拡大の責任や環境劣化の元凶は先進国たる「北」にあると強調、質素な生活に戻るよう迫る。「南」へのシフトは外交面で顕著だ。好例が先の訪日を含むアジアへの外遊だ。前任のベネディクト教皇は、西欧中心主義が強い超保守派で、在位8年間でアジアに足を踏み入れたことはなかった。フランシスコ教皇は既にアジア7カ国を訪れ、中東・アフリカにも足を延ばす。

 第三に、エリートから民衆へのシフトだ。これまでのカトリック教会は、バチカンのエリートが統治してきたが、今後は地域ごと、現地の実情に即した教会を育てるべきだと説く。例えば、中南米には「中南米らしい教会」といった具合に。「バチカンは強すぎる」と常々語るフランシスコ教皇が目指すのは「集権から分権」「中央から周辺」へのシフトという訳だ。

バチカンで子どもに囲まれる教皇=2013年6月(ロイター=共同)

 ▽保守派の頑強な抵抗

 以上のようなリベラル色のある挑戦は7年を経て、実績を出しつつある。欧州出身者ないしバチカン生え抜きの人物にはない新しい発想で、異色の背景を持つフランシスコ教皇だからなし得たといえる。バチカンに文明的な新風を送り込む一方、超保守派が面白いはずがない。

 超保守派が抱く不満の一つが、教皇に次ぐ実力者である枢機卿の人事だ。教皇はこの7年間に、枢機卿に占める欧州出身者の比率を5割強から4割に減らす一方、「南」出身者の割合を4割から5割に引き上げた。また就任ほどなく、リベラル派でバチカンとのしがらみが薄い枢機卿による助言グループを設置。既存の機構よりこのグループを頼ることが多く、バチカン官僚よりも世界各地のたたき上げ組が優先されることも少なくない。割を食った「北」出身者やバチカン官僚は「疎んじられた」と受け止め、不満をためている。

 また家族倫理面の改革では、2016年4月に家族問題に関する指針を発表。保守派の抵抗が強いことを予期してか、同性婚を認めないとするなど従来の方針は維持したものの、離婚や再婚をした信者らについて柔軟な処遇を打ち出したことから、保守派の反発を買った。

バチカンのサンピエトロ大聖堂(ロイター=共同)

 2015年6月には、環境問題に関する見解を集大成した回勅「神の賛歌」を発表。「地球温暖化は人類がつくり出した問題だ」と厳しく指摘し、国際的に高い評価を受けた。教皇の発言は、グローバリズムと「南」の擁護で貫かれているが、保守派、なかんずく米国の保守派司教は、信仰と環境問題は別問題だ、あるいは、教皇は「南」の発想を持ち込んでいるとして、冷たい反応を示した。

 ▽改革「道半ば」

 リベラル派の中には、離婚者の処遇をはじめデリケートな問題について、ざっくりと基本を変えてほしいとの期待が少なくない。彼らにとっては、教皇は既存の大枠の中で運用を変えるのみで、微調整にとどまっているとの印象を持ってしまうようだ。教皇の姿勢は慎重すぎる、ないし、中途半端と映ってしまうのだろう。

 ここで、アマゾン地域にフォーカスした司教会議に触れておきたい。会議は、アマゾン地域に関わる環境問題などを議論し、2019年10月下旬に最終文書を教皇に提出した。司教たちは、アマゾン地域の神父不足を改善するため、この地域に限っては、既婚の助祭の神父昇格と女性の助祭任用を可能にしてほしいと要望した。神父は独身制で、聖職者は男性に限るというカトリック教会の原則を大きく修正するものだ。

 教皇は過去、既婚司祭について「ものすごいへき地では認められる可能性がある」とも発言しており、要件が緩和されるのではないかとの観測も出ていた。ところが教皇は2020年2月12日、上記の要望をいずれも退けた。保守派の頑強な抵抗に教皇がへきえきとしていることを物語っており、リベラル派は大きく落胆した。

 ▽教会は分裂に向かうか

上智大学でメッセージを述べる教皇=2019年11月26日、東京都千代田区(代表撮影)

 結論を述べれば、教会が二つの「大きな塊」に分裂することはないだろう。「大きな塊」を引き連れて新宗派を立ち上げるだけの腕力は超保守派にはないからだ。教皇に次ぐ実力者である枢機卿の過半は、フランシスコ教皇が就任後に昇格させた人物であり、彼らが反教皇的な動き(分裂)を許容することは考えがたい。なお、この数年教皇批判を繰り返す枢機卿の多くは引退組だ。彼らの批判を過小評価することは禁物だが。

 教皇は「自分は軋轢を恐れない」「反対派は主張を続ける権利がある」とあっけらかんと語る。2000年の流れを変えようということだから摩擦が起きないわけはない。教皇は、自分の歴史的使命を果たすべく、淡々と、したたかに改革を続けるであろう。その際、かげりが見え始めたものの、教皇が信徒の間でなお高い人気を保っていることは、保守派への圧力になることから、教皇にとって〝資産〟と言えるだろう。

【参考】上野景文「バチカンの聖と俗(日本大使の一四〇〇日)」(かまくら春秋社)