津波に恩師奪われた“釜石初のJリーガー” 神戸から「郷土のサッカー盛り上げたい」

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岩手県釜石市で被災した神戸のDF菊池流帆選手。東日本大震災後は約2カ月間、ボールに触れなかった=沖縄県読谷村(撮影・後藤亮平)

 東日本大震災の被災地、岩手県釜石市出身のJリーガーが、今季から1部(J1)のヴィッセル神戸に加入している。山口県を拠点とする2部(J2)のレノファ山口から移籍したDF菊池流帆(りゅうほ)選手(23)。中学2年で震災に遭い、家族は無事だったが、恩師のコーチを失った。あの日から9年。かつてのサッカー少年はコーチの教えを胸に成長し、釜石初のJリーガーとして故郷の子どもたちの憧れの存在となっている。(有島弘記)

 2011年3月11日。中学校で3年生を送る会を終えた後、校舎が激しく揺れ「津波が来る。近くの山に逃げろ」と指示された。釜石市では、過去の災害を踏まえた防災教育のおかげで学校にいた小中学生の犠牲者が出ず「釜石の奇跡」と呼ばれた。

 菊池選手とその家族も無事だったが、震災後は「町が封鎖された感じだった」と振り返る。自宅は停電が続き、雪が舞う寒さの中、夜はろうそくで過ごした。

 震災は、サッカーに熱中していた少年の日常だけでなく、恩人も奪った。小学4~6年時に、地元の選抜チームで指導してくれた男性コーチが津波で亡くなった。当時30代で、岩手県陸前高田市に暮らしていた。

 「とにかく長所を褒めてくれた」。コーチの教えから、自然と「自分の強みは何か」と考えるようになった。その姿勢は今季加入した神戸でも、188センチの長身を生かした競り合いなどに生かされている。

 憧れの選手らの被災地訪問も高みを目指すきっかけとなった。震災後のサッカー教室で、カズこと三浦知良選手(53)=横浜FC=や元日本代表監督の岡田武史氏(63)らに教わった。

 名門の青森山田高に特待生での入学を目指したが、不合格に。一般入試で同校に進み、一番下の4軍から主力に上り詰めた。大阪体育大を経てプロ入りを果たすと、1年目の昨季、山口の主軸を務め、リーグ戦35試合に出場した。現在は新型コロナウイルスの影響で公式戦が延期されているが、今季からカズら憧れの選手たちと同じ舞台で戦う。

 「釜石初のJリーガー」と呼ばれることも増えた。プロ入り当初は意識しなかったが、神戸では世界的スターの元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタ選手(35)らと同僚となり、古里の子どもたちの熱い視線を感じているという。「釜石のサッカーがもっと盛んになってくれたら」。郷土の誇りを胸に走る。