麥田俊一の偏愛的モード私観 第13話「ソウシオオツキ」

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PHOTO:Yusuke Yamatani」(2枚とも))

「名詮自性」とはよく云ったもので、彼の名前は大月壮士と云うが、「名は体を表す」を地で行く血気盛んな意気組みと、少しく無頼な横顔を持った男だ。その大月を今回の主役に据えてみた。もとより取材の対象として、女の服、それも男が作る女の服に私は一等興味があり、男が作る男の服にはあまり食指が動かない質だから、大月の作る男の服を此処まで深掘りすることになろうとは自分でも不思議なくらいなのだが、大月壮士と云う、見ようによっては浪漫的な字面より見えない手が伸びてきて、私の手を掴み、グッと引っ張り込んだのだった。それも、恐ろしい程の握力で。お前、ちゃんと服を見てものを云っているのか、と叱責されようが云うのだけれど、何やらの「気配」がビシッと感ぜられたのだから仕様がない。勿論、大月の作る服に芬々と漂う彼に固有の「気振り」を嗅ぎ取ってもいたのだけれど。漠然とだが、ある種の「け」を嗅ぎ分ける習性を恃むところとするのが私の仕事に於ける流儀であるし、ファッションを書くことの意味とその言い訳を私なりにきちんと用意しなければ、それこそ一分が立たないのだから。

大月(1990年3月30日千葉県生まれ)が私を知ったのは、彼が通っていた文化服装学院在学中に遡る。往時、雑駁な私の講演を聴講していた数多の学生の中の一人だったと、後日、本人より聞き及んだ。一方私の方は、彼が同学院に在学中に通っていた「ここのがっこう(ファッションデザイナーの山縣良和が主宰する私塾)」での講評の折に初めて対面しているのだが、彼の卒業制作の作品を、私は糞味噌の如く酷評したのだそうだ(これも後日、本人より聞かされ汗顔に至った次第)。学生のうちは手酷い批判の眼に晒された方が本人の糧になると私は思っているし、逆に根拠が薄い過褒はためにはならない。そう云えば、同様に私の口撃をまともに喰らった一人に、土居哲也(文化ファッション大学院大学卒業後に「ここのがっこう」に修学)と云う男がいる。以後彼は「アンチ・ムギタ」を呪詛の如く唱え続け、闇雲に自己を磨いてきた個性の持ち主で、気が付けば「TOKYO FASHION AWARD 2020」第6回受賞デザイナーの一人に名を連ね、2020年3月に「リコール」のブランド名で初めてファッションショーを発表すると聞く。どんな服を見せてくれるのか気になるが、閑話休題。話をもとに戻そう。

大月壮士に「看板に偽りなし」と私を確信させたのは、ブランド開始(2015年)間もない頃だったように思う。「日本人としての精神とテーラリングによって作られるダンディズム」を標榜するブランド哲学の、「日本人としての精神」とか「ダンディズム」には、常套句じみていて些か鼻白むところもあるが、そこが彼のコアだから、言葉尻だけを捕らえて云々するわけにもいかない。況してや、コアに向かう彼の姿勢は愚鈍なほど真っ直ぐなのだ。真剣なのだ。信じて疑わないのだ。正直、「看板に偽りなし」とは云ったものの、デビュー以来彼の作品を見続けてきた私の内には、懐疑と確信とが相半ばしていたことも事実だった。デビュー間もない頃は、もしも忌憚のない意見が許されるとすれば、作者としてのエゴを育て、創作のエゴを手懐ける揺籃の時間だったのだろう。私は私で、番度彼が披瀝する創作のエゴに、如何ようにも「名前負け」なぞ感じさせてたまるかいぐらいの図太さを、本人の意図を忖度することなしに勝手に重ね合わせて、独りその逞しさに得心してもいたのだった。

さて、大月が云うところの「日本人の精神」を象徴するものとは何か。これまでの彼の服作りの着想源として例を挙げれば、それは、大日本帝國の軍服であり、戦時下の国民服や菜っ葉服であり、海軍軍歌『月月火水木金金』(理想を求めた勤勉精神)などの風変わりな抽斗ばかりある。或る時など、展示会の招待状が、赤紙(旧日本軍の召集令状)を模した体裁だったこともあった。これとて、彼なりのこだわりと洒落心の表れだろうが、或る常識人より不謹慎だと叱責されたと云うオチともども、如何にも大月らしい挿話の一つ。以後、暫し軍服より離れ、新たに和魂洋才のインテリジェンスに彼が目指すところのダンディズムを追求した前回(2019―20年秋冬)の服が秀逸だった。全体に滋味のある服の印象が強く、同時に、今まで微塵も見られなかった艶っぽさが、武骨さを押し退けるようにして服に滲んでいた。背景にあるのは、大正時代より昭和初期あたりの上流階級の男の正装。即ち、男の装いが和装の着物より洋服へと切り替わり、髪型も七三に分けて、ポマードや椿油で固める髪型が一種の清潔感を放っていた時代のフロックやモーニング、燕尾服やドレスシャツ、絹縁を付けたパンツなどの様式美を下敷きとしたのだろう。優雅な様式に、知的な遊びをちりばめることで、懐古調のエレガンスを現代に照準して更新した服には或る種のキレがあり、伏線と、その回収に成長の跡が感じられた。

「所謂『和』に執着しているわけではありません。結果、『和』や『日本』を強く感じさせるものでも、その都度の題材にリアリティーが持てるかどうかを検証しているから、これまで取り組んできた主題はいずれも自分にとってのリアルなものばかりなのです。主題を表す言葉は、語感、耳触り、語義とその背景を大切に、出来るだけ人の心に刻まれるような印象の強さを念頭に選んでいます」と大月は語る。

その伝で云えば、最新作(2020年春夏)の題名「愛月撤灯」もまた、我々の心に詩味のある木霊をいつまでも残してくれ、それが各人の心の中で各様に成長していくに違いない、一種の陰影、余韻、暗示と云ったものが仄かに垣間見えはしないだろうか。彼の創作のエゴは、テクニシャンとしての作者の腕前を見る以上に、大袈裟に云うならば、限りなく浪漫的な作家の創作美学とも関係があろう。「愛月撤灯」は「月を愛して灯りを撤す」とも読める。これは、中国唐時代の詩人が、酒を飲みながら詩を作る宴席で、月明かりが大層美しかったので、周囲の灯りを片付けさせたと云う故事に由来する四字熟語。「ものを大切にして可愛がる様子が甚だしいこと」の意味に想を膨らませた大月は、「歪な愛情によって生まれた男の末路」と云う着想を得た。加えて、不意に見舞われた個人的な出来事が因で生じた彼自身の厭世的な心情も少なからず影響したらしい。服に眼を凝らせば、僧侶が仏前で着用する「袈裟」とか、托鉢僧が首から提げる「頭陀袋」の形を現代風に翻案している。例えば、ウールやリネンで仕立てた打ち合わせの上衣や着丈を詰めたコーチジャケット。背中より身頃に、斜めに伸ばした共布のストラップは、偏袒右肩(右肩を露出して着る)の袈裟のサオ(肩紐)のイメージなのだろう。目の詰まったオックスフォード織りのドレスシャツは、前立てを微妙に中心よりずらし、着脱可能なチャイナノット(淡路玉)をあしらっている。包み釦と普通の貝釦を併用しているのは、「せめて死ぬ時は正装でありたいもの」と云う彼らしい洒落を心配りの仕様にそっと忍ばせた照れ隠し。

服は勿論、絵でも小説でも音楽でも、流行りと云うのがあって、その時々の群集心理で流行りに合ったものは見映えがいい。新しいものが出来ると云う点では認めるにしても、そのものの価値とは少しく違うような気がする。作品には、やはり自分を出すより手はないのだ。経験が服作りの精度を磨いてくれる筈だから、今は未熟であろうが、エゴを誇示した方がいい。何故なら、自分は、生まれ変われない限り自分の中に居るのだから。青臭いエゴだけに、些か荒削りだが、ピリッと辛い。概して若いエゴほど周囲を閉口させるものはないが、彼のそれは、こちらが気圧されるほどの並々ならぬ強かで裏打ちされている。私みたいなロートルには、この自信、羨ましくて堪らないのだ。若さに任せた無分別ギリギリで踏みとどまりながら、エゴと創作の均衡を巧く探りあてようと躍起になっている姿も頼もしい。早晩ブランドとして酸いも甘いも☆(噛の米が人4つ)み分ける成熟期に向かい歩を進める筈だから、エゴと創作の関係は更なるステージに於いて、新たな蜜月ぶりを見せてくれるに違いない。(麥田俊一、ファッションジャーナリスト)