世界で戦える選手に 陸上100メートル 池田成諒(島原高→筑波大)周囲の支えで才能開花

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茨城国体を制した瞬間は「周囲の支えの温かさが身に染みた」と語る池田=島原市、島原高グラウンド

 振り返ってみると、苦い思い出の方が多いかもしれない。国際大会で華々しい実績を残す一方、インターハイは入賞にすら届かなかった。自らの走りを見失ったとき、悩みを打ち明けられる指導者も近くにいなかった。それでも、諦めずに壁を乗り越えてきたからこそ今はこう言える。
 「とても恵まれた高校3年間だった」
 小学5年時にレスリングで全国優勝した異色の経歴を持つ。天性のパワーを備え、同年代とスタートラインに並ぶと体格差は一目瞭然。粗削りながら、高校1年の愛媛国体少年B100メートルを制した際は、関係者から「積んでいるエンジンが違う」と将来を嘱望された。
 その期待通りに、2年で日の丸をつけ、アルゼンチンで開かれたユース五輪へ。追い風参考ながら、県記録を0秒01上回る10秒30で銅メダルを獲得した。だが、高校ラストイヤーに待っていたのは、試練だった。
 5月に自己記録を更新したが、以降は調子が上がらなかった。ゴール後に首をかしげる試合が続いた。本来ならば頼りにしたい専門の指導者は学校にいない。ほぼ独学で走りを見詰め直したが、修正しようとすればするほど走りは乱れた。持ちタイム最速で迎えた南部九州インターハイは、まさかの準決勝敗退に終わった。
 このショックは大きかった。競技をやめることさえ頭をよぎったが、ここで手を差し伸べてくれたのが、県の強化スタッフだった。「まだ日本一になるチャンスは残っている」。秋の茨城国体に向け、プライドを捨て、周囲の意見に真摯(しんし)に耳を傾けた。少しずつ、力強い走りと自信を取り戻した。
 「勝つイメージをしっかり描けていた」という国体本番。トップでゴールを駆け抜けた後、拳を何度も天に突き上げた。観客席のコーチ陣に向けて“感謝”のガッツポーズを繰り返した。「周囲の支えの温かさが身に染みた」。才能でつかんだ2年前の日本一とは別格の感動があった。
 探求心は尽きず、1月中旬から約1カ月半、米国へ短期留学。環境が整ったトレーニング施設で一流のコーチの指導を受けた。筑波大進学後は、研究授業の一環で自らの走りを科学的に分析できるのも楽しみの一つだ。「世界で活躍できる選手になりたい」。大きな可能性を秘めるスプリンターは、大志を抱いて古里を巣立つ。

 【略歴】いけだ・せいりょう 島原市出身。三会小5年時にレスリングで全国優勝、6年時に陸上400メートルリレーで全国大会に出場した。有明中3年の全国中学大会で短距離2種目入賞。100メートルは高校1年の愛媛国体少年Bで優勝、2年のユース五輪3位、3年の茨城国体少年Aを制した。自己ベストは10秒45。177センチ、75キロ。

力強い走りを取り戻して、茨城国体少年男子A100メートルで日本一に返り咲いた池田=茨城県ひたちなか市、笠松運動公園陸上競技場

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