GAFAに負けない独自性を生み出すもの 国内ITベンチャーで海外人材活躍、キーワードは「多様性」

アセントロボティクス社内の様子(同社提供)

 人工知能(AI)など最先端分野の国内ITベンチャー企業で、欧米やアジアなど外国籍のエンジニアが大活躍している。極度の人材不足を背景にこの数年、海外の高度人材を採用する動きが進んだ。ラグビーワールドカップの「ワンチーム」を思わせる多様性は力となり「GAFA」と呼ばれる米巨大IT企業にも負けない独自技術を生み出しつつある。(共同通信=北本一郎)

 ▽トヨタ自動車も出資するAI企業  

 世界的に注目される国内AIスタートアップ企業の一つがリープマインド(東京・渋谷)だ。AIを飛躍的に発展させた新技術「ディープラーニング」の研究を進める企業で、小型機器で深層学習を活用する技術を開発している。

 ディープラーニングを使うためには、通常は「クラウド」に接続して強力なコンピューターで大量の計算を行う必要があるが、リープマインドは端末側の小さなコンピューターでもできるようにする。アルゴリズム(計算手法)を工夫して省電力化を図り、インターネットにつながっていなくても使えるようにする。

 自動運転車や人工衛星、家電などでの活用が見込まれ、独自性に着目したトヨタ自動車や三井物産、米インテルといった名だたる企業が同社に出資した。

 ディープラーニングはまだ黎明期。GAFAを含む世界中のIT企業が開発にしのぎを削る。その中で存在感を出すには、世界水準の高度な人材をいかに集めるかがポイントだ。2012年創業のリープマインドは初期から海外人材に着目。約85人の社員のうち現在、外国籍は13カ国の約20人。研究開発部門では3分の1を占める。

英国人のジョエルさん

 「ディープラーニングは本当にわくわくする技術だ」。英国人でリサーチャー(研究職)のジョエル・ニコルズさんは“exciting”という言葉を連発した。英国で「複雑系物理」の研究で博士号を取得した後、17年に来日しリープマインドに入った。同社のことはグーグル検索で見つけたという。「ディープラーニングを組み込んだ知的なデバイスが人々の暮らしをよくするというコンセプトに引かれた。クリックしてそれを見て、働きたいと思った」。日々、世界で大量に発表されるAIの論文を読み込んで仮説を検証し、新しい論文を書くのが仕事だ。国際学会で発表を行い、会社の知名度を上げることにもつながっている。それがまた新しい人材を引き付ける。

 AIのほとんどの論文は英語で書かれているため、ジョエルさんのような存在は大きな戦力になる。「リープマインドの技術の改善に役立てることとともに、世界の深層学習理論の研究に貢献していきたい」

 ▽社内イベント、ハッカソンが人気

 同社では書類は日本語と英語の両方を作り、フレックスタイムやテレワークなど柔軟な働き方を認めている。社内に卓球台やハンモックがあり、家族の社内見学もできる。生活面で困った場合に英語で相談できる仕組みもある。

 独自の工夫として社員が1週間、それぞれの業務を離れて自由な開発に没頭できる「ハッカソン」形式の社内イベント「Hackdays」を4カ月ごとに開催している。昨年7月の開催時には、浴衣デーやたこ焼きパーティー、同11月には綱引きといった息抜きもあり、多くの外国籍社員が楽しんだ。

 ラジオ体操部、カラオケ部、ヨガ部といった社内「部活動」にも多数の海外人材が参加している。「渋谷に本社を置いているのも海外の方へのアピールという理由もある。せっかく日本で働くのだから楽しい思い出もつくってほしい」(広報担当者)。

 「国籍や日本語能力は重視していない。世界から優秀な人に来ていただいて一緒に未来をつくりたい」。澤田武男・最高人事責任者兼技術組織担当役員はこう語る。米グーグルなどで働いた澤田氏の仕事は、技術者が働きやすい職場をつくることという。終身雇用といった考え方にはとらわれない。「各個人のキャリア上の希望の方が大事。それが弊社の求める能力とマッチしてお互いがウィンウィンになる期間、一緒に働こうということだ」

リープマインドの社内イベントで浴衣を着るバングラデシュ人技術者のサイード・ハシブル・ラーマンさん=東京・渋谷

 ▽将来は祖国バングラデシュの役に立ちたい

 バングラデシュ出身の技術者サイード・ハシブル・ラーマンさんは16年に入社した。大学院時代からAIに関心があったが、当時、同国にはAI関連企業はほとんどなく「AI先進国の一つである日本で働きたいと思った」。

 「オープンな環境がある。社員はみんな優秀で親切だ。新しいものに取り組める自由があるし、経営層もそれを後押ししてくれる」。社内に外国籍の人が多いのも居心地の良さにつながっているという。

 将来の目標を尋ねると「AIについてもっと勉強したい。長期的にはバングラデシュの人々の生活をよくすることに使えないかと考えている。まだAIは高価な技術だが、小さな装置に組み込めるようになると価格も安くなり、発展途上国でも使える。例えば教育分野などでの活用が考えられる」と目を輝かせた。

 同社は今後も外国籍人材の採用を強化する方針。澤田氏は「戦力を増強して技術革新をもっと進めたい。AIの技術に国境は存在せず、常に国を超えていくものだ。集まっているメンバーと一緒に世界に貢献していきたい」と語った。

アセントロボティクスは8割が外国籍=東京・恵比寿(同社提供)

 ▽8割が外国籍、21カ国から頭脳集まる

 AIを活用した「完全自動運転」の技術開発に挑むアセントロボティクス(東京・恵比寿)。元ソニー副社長でゲーム機「プレイステーション」の生みの親としても知られる久多良木健氏が社外取締役を務めている注目のスタートアップ企業だ。

 同社が目指すのは、運転手が不要で、行き先を告げればどこにでも勝手に連れていってくれるシステム。この究極ともいえる技術を巡り、米グーグルなど世界のIT企業が激しい競争を繰り広げる中、アセントは先頭グループを走る1社と目されている。

 「ここはシリコンバレー?」。訪れた日本人の多くはそのインターナショナルな雰囲気に驚く。社員のうち8割が外国籍で、21カ国からトップレベルの研究者や技術者が集まる。近年のAI開発には欠かせない人間の脳の研究者も合流している。米シリコンバレーの強さの源泉は世界中から最高の頭脳を集めることとされるが、アセントは東京で同じことを実践している。社内公用語は当然のように英語だ。

 ▽AIを提供、日本の製造業をより強く

 米IBMやアクセンチュアといった一流企業に籍を置き、シリコンバレーで長年コンサルタントをしていた石崎雅之最高経営責任者(CEO)が16年に創業した。「シリコンバレーでの経験が長かったので、日本で事業をするからといって日本のメンバーだけでという前提はなかった」。世界から最高の人材を集める方針で進めた結果、現在のような非常に多様性のある組織になったという。

自動運転の実験車両とアセントロボティクスの外国人女性エンジニア=東京・恵比寿

 日本で起業したのは少子高齢化がいち早く進むこの国こそ、自動運転やロボットによる課題解決が必要と考えたからだ。「今後、他の先進国も同じことになる。人手不足をロボットの高度化や車の自動化で補う。それができれば社会に大きな貢献ができる」(石崎CEO)。自動車などの強い製造業が多い点もポイントになる。AIを活用したい企業との協業を進めやすいからだ。「グローバルの人材や知見を持ってくることができれば、日本の製造業をより強くすることができる」

 昨年12月に東京で開かれた「国際ロボット展」では、川崎重工業と共同開発した産業用ロボットアームを披露した。自動運転技術の開発では慶応大などとの協力関係がある。

 ▽女性が活躍「もっと刺激的な仕事をしたい」

 女性の活躍が目立つのも特徴だ。オーストラリアとタイのハーフで、両国の国籍を持つ技術者のジラダ・エクレストンさんは、ニュージーランドの大学でコンピューター工学を学んだ。現地のさまざまなソフトウエア企業でインターンとして働いた経験もあるが「もっと刺激的で違うことをやりたいと感じていた」。

 そんなとき、アセントの求人情報を見た。「私にぴったりの仕事だ」と直感。会社の理念にも共感して応募したという。ジラダさんはロボット制御のエンジニアで、現在は自動運転車の「目」の役割を果たす画像認識の開発に携わる。

 自身にとってアセントでの仕事は非常に快適という。「ニュージーランドも同じだが、多様性があっていろいろな国の人がいる。この会社がいいのは、いつも異なった背景を持つ人たちと一緒にいろいろな経験をできること。これは日本の他の企業では難しいことだと思う」

 河野慎哉最高執行責任者(COO)は「イノベーションは多様性から生まれる。多様な要素のいろんな組みあわせでバリエーションが出て、そこからベストなものを選べる」と解説。「こういう組織のつくり方はスタートアップにしかできない。われわれは機動力もあり、思ったことにどんどんチャレンジできる。大企業の方からはそこが非常に魅力的に映っていると思う」と話した。

© 一般社団法人共同通信社