〝新卒〟技術者は海外出身 人材拡充切り札に 「東京より良い」地方のITベンチャーで大活躍

IT企業モンスター・ラボの島根開発拠点で働くベトナム出身技術者(左側の2人)ら=松江市

 優秀な海外出身のIT技術者を獲得しようという波は地方にもじわりと広がっている。業界の人材不足は大都市よりも地方がより深刻だ。この問題を解決し、地方発のイノベーションを起こそうとする企業にとって、海外人材の呼び込みは有力な戦略となる。(共同通信=北本一郎)

 ▽ベトナム2人、インド2人の若手技術者

 アプリの受託開発などを行うIT企業モンスター・ラボ(東京)の島根開発拠点(松江市)は、社員9人のうち4人が外国籍だ。ベトナム人2人とインド人2人で、全員が母国の大学卒業後に松江にやってきた「新卒」の若手エンジニアだ。

 ここでは東京本社やベトナムにある開発拠点と連携して、アプリ開発などのプロジェクトに取り組む。今、4人は欠かせない戦力となっている。

 ベトナム出身のハー・ドアン・ホンさんとタイン・ドー・スアンさんは、ハノイ工科大卒。2017年11月の入社で、ともに大学でITと日本語を学んだ。ハノイにはモンスター・ラボの拠点があり、拠点の人が大学に来たのが同社との出会いだった。来日前にはハノイ拠点でインターンも経験した。

 ハーさんは「東京は人が多すぎる。通勤時間も長い、物価も高いと先輩から聞いていた。松江はちょっと小さいけど、通勤時間も短いし物価も安い。それに自然もいい」と松江の良さを絶賛した。タインさんも「東京の満員電車はちょっと怖い」と同調する。

 ▽みんな仲良し「家族みたい」な会社

 インド出身の2人はケララ州の理工系大学でITを学んだ。2人は松江市が16年度から実施している、インド人の学生に市内のIT企業でインターンシップをしてもらうプログラムが入社のきかっけとなった。

 17年に入社したポール・ジョー・ジョージさんは「インターンでいろいろ面白いことを勉強した。もしここで仕事をできたらもっと面白いことができると思った」。現在は拠点の近くに住んでいて自転車で通勤している。「私が住んでいたケララ州の町も静かなところだったので、静かなところが一番好きです」

 日本人メンバーは全員がU・Iターン。小規模所帯で仲が良く、何人かで一緒にランチに行き、月に1回は職場でみんなでピザを食べる。外国籍社員と日本人社員が一つのチームを組んでスポーツ大会に出場することも。インド出身のパッダカヤト・シヴァンさんは「まるで家族みたい」と話した。

モンスター・ラボ島根開発拠点で働くインド出身技術者

 ▽松江は「ルビーの聖地」

 松江市は、世界的に使用されているプログラミング言語の一つ「Ruby(ルビー)」の開発者まつもとゆきひろ氏が住んでおり、IT業界では「ルビーの聖地」とも呼ばれる。松江にはルビーを活用するIT企業が集まり、島根拠点もルビーによるプログラミングに力を入れる。海外メンバーも相当な実力を付けており、ことし2月にオーストラリアで開かれたルビーに関する国際会議では、インド人のポールさんとベトナム人のタインさんが一緒にスピーカーとして登壇した。

 拠点責任者の山口友洋さんは仙台市出身のIターン社員。14年の拠点立ち上げから関わっている。海外人材を積極採用している背景を聞くと、真っ先に「人材不足」を挙げた。地方の大学でITを学んだ学生らも都会志向が強く、日本人の新卒採用は難しい。U・Iターンの活用も人材確保策の一環で「もし海外人材を採っていなかったら今の約10人という規模にするのも難しかった」と言う。

 今の状況に手応えを感じている山口さんは「人員を今後も増やしたい。海外エンジニアの数も増やし、日本人と半々ぐらいのバランスで継続的にやっていきたい」と語った。仕事の幅もどんどん広げていくつもりだ。

 ▽「宮崎―バングラデシュ・モデル」

 宮崎市では17年から、産官学が連携し、バングラデシュから優秀な技術者を呼び寄せて、市内のIT企業で雇用するプロジェクトに取り組んでいる。このような取り組みは全国的にも珍しい。

 仕掛け人の一人が教育関連ソフト開発を手掛ける教育情報サービス(宮崎市)の荻野次信社長だ。同社が14年に国際協力機構(JICA)の調査事業に採択され、バングラデシュとのつながりができたことがプロジェクトのきっかけとなった。

 バングラデシュは近年、産業構造の多角化を図るため、若年層のIT教育に力を入れる「デジタル・バングラデシュ」という国策に取り組んでいる。コンピューター科学を教える大学が多く、優秀な技術者をたくさん輩出している。一方、国内にはまだIT産業が育っておらず就業機会が少ないという問題を抱えている。

海外技術者を積極採用する教育情報サービスの荻野次信社長=宮崎市

 荻野社長は現地訪問をするうちに、技術者の勤勉さや能力の高さに感銘を受けたという。その上で「バングラデシュはどんどん人を育てているが就職先がないと聞いた。そうか、もう人が余っているのかと。一方で、宮崎では足りていない。それでジグソーパズルがつながった」と振り返る。宮崎に持ち帰って、自治体や大学の関係者らと話す中でプロジェクトが具体化していった。

 プロジェクトは「宮崎―バングラデシュ・モデル」と名付けられ、宮崎市、宮崎大、地元IT企業、JICAが連携している。日本行きを希望する技術者に現地で3カ月間、日本語などを教えた後、宮崎大でさらに3カ月間、日本語を教える。宮崎では地元IT企業のインターンを体験してもらい、就職につながるようにマッチングを進めるという内容だ。

 ▽途上国の子どもに勉強教えるタブレット開発

 市内企業への採用は18年から始まり、これまでに13社に計25人が就職を果たした。

 企業に対して採用関連費用などを助成している宮崎市の戸敷正市長は「バングラデシュの高度人材は技術力や仕事に対するモチベーションなど、さまざまな面で企業からの評価が高い」と話す。この取り組みを知って、宮崎進出を決めた企業もあるという。

 教育情報サービスは、現在約30人の社員がいる中で4人の外国人技術者が働く。産官学プロジェクトなどを通じて採用したバングラデシュ人が3人と、インド人が1人だ。

 17年に入社したバングラデシュ出身のウデイン・ムハンマド・アリフさんは、ウェブやモバイルアプリの開発を担当。「教育の仕事というのがいいと思います。生徒たちのためにいろいろなアプリを開発するのは気持ちがいい」と上手な日本語で話した。大学院で人工知能(AI)を学んだアリフさんの妻、ラハマン・ミムさんも18年に加わった。

教育情報サービスで働くバングラデシュ人IT技術者の3人=宮崎市

 同社は現在、途上国の子どもたちに英語や算数を教える「教育用タブレット」の開発を進めている。人工知能(AI)やビッグデータを活用した最先端の製品で、子どもの学習レベルに合わせて、個別の「解説動画」を自動で生成する機能を備える。22年度の商品化を目指している。

 ▽世界展開、ケニア出身技術者の採用も検討

 この最先端技術の開発に、AIの知識を持つミムさんらバングラデシュ人とインド人の技術者が携わる。荻野社長によるとAIの人材を地方で雇うのは非常に大変なことという。バングラデシュと直接つながることによって「地方でもこういうことができる」。

 同社は今、バングラデシュに加えてミャンマーやフィリピン、ケニアといった国の市場への本格進出を目指している。ケニアでは、JICAや世界銀行のプロジェクトに参加。海外出張にはバングラデシュの社員が同行し、英語でプレゼンをするといったこともある。

 荻野社長は今後、ケニア人技術者らの採用も検討するという。「地方の人材不足は致命的。何も策を打たなければ取り残されていくばかりだ。自分の会社としては、外国とつながることで地方に活力を生み出したい」と言葉に力を込めた。

宮崎市のIT企業「教育情報サービス」社内の様子

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