国民年金、健康保険はどうなる? タイに移住した日本人の現実

タイ就職にあたって最大のネック……それは「社会保障」かもしれません。現地採用としてタイで働くのであれば、日本の正社員のような手厚い保障は期待できないのが実情です。文字通り裸一貫で、異国で勝負することになります。自分の身は自分で守るというシビアな世界なのです。


さようなら厚生年金

現地採用としてタイで働くとき、気になるのはまず給料。それにもろもろの社会保障ではないでしょうか。しかし、これらはほとんど期待できないものと考えてください。基本的に、いただけるのは給料のみなのです。あとは自分でスキルアップして稼いで、自ら身を守り将来を組み立てていく……考えようによっては、やりがいと手ごたえたっぷりの自己責任の世界です。

まず年金ですが、日本で会社員として働いていた人は厚生年金に入っているでしょうが、タイで現地採用として働くなら、この制度を失うことになります。タイにある企業が、厚生年金を利用することはできないのです。

もちろん駐在員の皆さまは別です。日本にある企業から、タイ支社に転勤しているに過ぎないわけで、社会保障も日本ベース。厚生年金はタイ勤務でも引き続き支払い続けることになります。老後は(制度が破綻していなければ)厚生年金を受け取って、生活ができるのです。しかし現地採用としてタイ現地で雇われるなら、厚生年金には入れません。

ただし、日本国民であるならば、国民年金だけは加入できます。海外に住んでいても同様に、支払い続けることは可能です。

通常、海外移住となったらまず役所に行って、住民票を日本国内から国外に移す手続きをします。「住民票を日本から抜く」なんて表現します。こうすることで「国外在住者」となり、住民税や国民年金の支払い義務がなくなるのです。

しかし任意で、国民年金を納入することはできます。日本を出る前に、自動で引き落としの手続きを取っておくか、あるいは家族に頼むなどすればいいでしょう。

たとえタイに生活の拠点を移したとしても、国民年金だけは支払い続けたほうがいいかと思います。満額納入して老後に受け取れるのはわずか月6万円程度ではありますが、それでもないよりははるかに良い。それに約6万円=1万7,000バーツで生活しているタイ庶民だっているのです。10年後20年後はわかりませんが、現時点のタイで6万円はそれなりのお金です。もし老後もタイで、と考えているのなら、国民年金はきっちり支払い続けておくことをおすすめします。

タイにも社会保険はあるが……

社会保障のもうひとつの柱、国民健康保険からも、現地採用は離れることになります。日本の健康保険制度もまた、日本国内に住所を持つ人を対象にしているからです。住民票を抜いた時点で、国民健康保険は使えません。

その代わり、タイでは全企業に対して、従業員を社会保険に加入させる義務があるのです。日本人の現地採用なら、給料から750バーツ(約2600円)の社会保険料が天引きされるでしょう。会社負担の企業も多いです。この額で、タイの国公立、私立の病院や小さなクリニックまで、社会保険でカバーできることになります。そして簡単な治療、投薬であれば医療費は無料。これは非常に助かるシステムといえるでしょう。

日本人向け大病院は、現地採用には高い壁

タイ東北部ウボン・ラチャターニーの大病院では案内役のフロアスタッフがいて英語も堪能

ただし……この制度を、タイに住んでいる日本人はあまり利用していません。タイには首都バンコクにあるサミティベート病院、バムルンラート病院、バンコク病院など、高級ホテルのごとき私立の大病院がいくつもあります。院内にレストランがあったりピアノの生演奏をしていたりするし、医療レベルは先進国並み。

そしてこの手の富裕層御用達病院は、在住日本人向けのサービスも充実しているのです。日本人専用窓口、日本人通訳や日本人スタッフの常駐、さらに日本の大学を出た、日本語堪能な医師が診察してくれたりと、至れり尽くせり。予約をしておけば待つこともなく、看護師も優しく、日本の病院よりもはるかに快適と語る人も多いのです。

だから在タイ日本人の暮らしには欠かせないのですが、こうした病院ではタイの社会保険が使えません。実費になるのです。ちょっと風邪をひいて診察してもらい薬を出してもらう程度でも、2,000バーツ(約7,000円)はするでしょう。現地採用にとっては厳しい出費なのです。

駐在員は、高級私立病院もカバーできる保険を使っています。旅行者は海外旅行保険があれば大丈夫。しかし、現地採用は別なのです。悲しい現実であります。

スキルアップして良待遇を勝ち取るべし

日本人専用窓口も持っているサミティベート病院。駐在員の信頼は厚い

そんな境遇をエネルギーに変えるたくましさが現地採用には求められるのです。少しでもいい給料を稼いで、民間の保険に加入する人も増えています。現地の大手保険会社もあるし、タイにも日系の保険会社が進出しており、現地採用向けのプランも用意されています。日本と同様に保険外交員のおばちゃんが勤めている会社に営業に来たりもします。こうした民間の保険と、公的な社会保険とを組み合わせて、「万が一」に対応している現地採用者が多いでしょうか。

あるいは、駐在員待遇、日本ベースの雇用待遇を求めて就職活動を展開するのも手でしょう。タイの労働市場は流動性が高く、必要な人材であればワクにとらわれず待遇を上積みしていくことも普通です。

だからはじめは月給5万バーツ(約17万5,000円)のしがない現地採用からスタートして、スキルを磨いて転職を重ね、民間の社会保険を会社負担でつけてほしいとか、15万バーツ+日本採用つまり駐在員待遇なんて条件を勝ち取る人も出てきています。

※1バーツ=3.5円で計算

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