新型ウイルス、なぜ人はトイレットペーパーを買いだめするのか

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フランシス・マオ、BBCニュース(シドニー)

終末の日の迎え方にも色々あるだろうが、最悪のシナリオはもしかするとこうだ。トイレに座ったまま立ち上がることもできず、トイレットペーパーがもうなくなる……。

少なくとも現在、多くのオーストラリア人がこのてんまつに怯えているらしい。新型コロナウイルスを恐れる自分の恐怖心をなんとかするため、大量のトイレットペーパーをまとめ買いする人たちはあちこちにいるが、それが今ではオーストラリアでも起きている。

政府当局がトイレットペーパーの在庫は不足していないといくら強調しても、買い占めは続く。オーストラリア国内で消費されるトイレットペーパーのほとんどが国内で生産されているというのに。

最大都市シドニーでは、スーパーマーケットの棚が数分で空っぽになってしまう。1人が買えるのは4パックまでと、制限するしかなかったチェーン店もある。

4日にはトイレットペーパーのパニック買いで、店の客同士が口論になり、ナイフを取り出す人もいたらしい。この現場には警察が呼ばれた。

ソーシャルメディアでは4日、「#トイレットペーパー・ゲート」(ウォーター・ゲート事件にちなんだもの)や「#トイレットペーパー危機」といったハッシュタグがトレンド入りした。オンライン上ではトイレットペーパーが数百ドル(数万円)で違法に取引されたり、3層トイレットペーパーに当選したいリスナーがラジオ局に電話をかけたりしていた。

過去48時間で状況はますます悪化し、公衆トイレのトイレットペーパーが盗まれる始末だという話もある。

いったい何が起きているのか。なぜ人はこんなことをするのか。

パニック悪化

トイレットペーパー問題は、オーストラリアに限ったことではない。シンガポール、日本、香港など、オーストラリアよりも厳しい状況の各地で、同じようなことが起きた。

香港では先月、トイレットペーパーのパニック買いのせいで在庫が不足した。すると、武装した強盗団が複数のパレットごと盗んでいく事件が起きた。アメリカでもトイレットペーパーの買占めが起きているという。

オーストラリアでは、新型コロナウイルスによる感染症「COVID-19」を発症した人が新たに確認され、さらに初の死者が出たという報道を受けて、まとめ買いが始まった。

最初に死亡したのは、西オーストラリア州パースの78歳男性だった。3日にはシドニーで95歳の女性が死亡し、翌4日にこの女性が陽性だったと明らかになった。

オーストラリア国内の感染者数は、中国からの訪問者を厳しく制限したことから、アウトブレイク(大流行)開始から間もなく、横ばいになった。

しかしその後、先週末の症例数の増加が報告されると、あらためて警戒感が高まった。

4日現在、オーストラリアでは41人が「COVID-19」を発症し、1人が死亡した。他の国々と比べると、数はかなり少ない。

政府は国民に、衛生状態を保ち、手を洗うようアドバイスした。さらに、必要だと思うなら、2週間分の食料や水、家庭用品を準備するよう勧めた。

すると、トイレットペーパーの需要が一気に急騰した。長期保存可能な食料や非生鮮食品の需要よりも。客がトイレットペーパーをつかみ、ショッピングカートに山のように積み上げる様子が、ソーシャルメディアに投稿された。

「(スーパーマーケットの)アルデイで会計待ちをする私の後ろにいる女性」のカートだという、写真の投稿もあった。大量のトイレットペーパーが山積みになっているのがわかる。


この状況を受けて、当局はパニック買いをやめるよう求めている。

オーストラリアのブレンダン・マフィー主席医務官は今週、「スーパーでトイレットペーパーの棚を空にする行為は、おそらく現時点にふさわしくないし、分別ある行動でもないと、皆に納得してもらおうと努力している」と議会で発言した。

スーパーのコールスやウールワースは、在庫は十分にあると強調している。豪国内でクリネックスのトイレットペーパーを作る業者は、需要に応えるため24時間体制で対応しているという。

オーストラリア政府は、国としての準備は万全で、新型ウイルスを封じ込めるためにあらゆる積極的な対策を講じていると説明している。国内での市中感染の症例はいずれも、散発的なものだと。

それでも、トイレットペーパーのパニック買いは続く。

恐怖に駆られて

この現象にあちこちでひんしゅくを買っている。

いざとなれば、トイレットペーパーよりはごわごわしているかもしれないが、代用品はいくらでもあるのに、なぜそこまで必死になるのかと、オンラインではそういう意見も出ている。

オーストラリア人が煽ったものとしては、史上「一番ばかげた」危機だという声もある。

あるいは、医薬品やマスクや手の消毒液と比べれば、トイレットペーパーは新型ウイルス対策にさえならないのにと。

「トイレットペーパーが生命維持にとって最重要な必需品だなんて、知らなかった」というツイートもある。


「6カ月分のトイレットペーパーをパニック買いした人は、家に帰って、山積みされた大量のトイレットペーパーを眺めて、自分が何をしたのか反省した方がいいと思う」というツイートもあった。


BBCのスティーヴン・マクドネル北京特派員は、「オーストラリア、落ち着いて。こちら北京のスティーヴンです。湖北省に行った時でさえ、これほどのパニックは目にしなかった」とコメントした。


消費者心理学の専門家は、こうした行動は「明らかに理性を欠いた」もので、ソーシャルメディアやニュース報道に煽られた群集心理の、分かりやすい一例だと説明する。

空っぽになった棚の写真も、状況の改善につながらない。

グリフィス大学のデブラ・グレイス教授は、「トイレットペーパー50パックがごっそり棚からなくなると、本当に目立つ。とてもかさばるので」と指摘し、だからこそトイレットペーパーについてパニック買いの対象になりやすいのだと話す。

「ベイクドビーンズ50缶や消毒液50本がなくなっても、それほど目立たないので」

手放せない安心

ニューサウスウェールズ大学のニチカ・ガーグ准教授はBBCに、「仲間はずれの恐怖」(FOMO症候群)が影響していると指摘する。

「この人もあの人も同じものを買っている、自分のご近所も買っている、だったら自分も買うべき理由が何かあるのだろうと、そう思い込む」

オーストラリアで起きていることを、准教授はアジア各地で起きたことと比較する。たとえば中国では、白いトイレットペーパーがまとめ買いの対象になった。「ティッシュやナプキンの代用になるし、それを使ってマスクも作れる」という発想だったからだ。

トイレットペーパーを医療品の代用にしようという意識は、オーストラリアの消費増とはあまり関係がないという。むしろオーストラリアの人たちは、恐怖心に突き動かされているのだと。

まったく前例のないことだと、ガーク准教授は見ている。オーストラリア人が日用品を備蓄するのは初めてではないが、これまでは森林火災やサイクロンなど自然災害が原因で、地域も限定されていたからだ。

「ところが、新型コロナウイルスについては、事態が今後どうなるのか、あるいはどれくらい悪化するのか、あまりはっきりしない。パニック買いはその不安感とも関係している。何かを買って備蓄するというその一点においては、自分に決定権があり、自分が事態をコントロールしていると、そういう気持ちになれるので」

消費者心理に詳しいシドニー大学のローハン・ミラー博士も、トイレットペーパーのまとめ買い行動は、便利が何より重要な現代の都会化社会やライフスタイルの反映だと考える。

「モノがない、足りないという状態にみんな慣れていない。欲しいものを欲しいときに手にとって選ぶ、その便利さに慣れきっている。なので、トイレットペーパーを慌てて確保しようとするのは、いつもの状態を維持しようという集団心理にすぎない」

白くてやわらかい、点線で四角く区切られたトイレットペーパー。子犬や真っ白な雪の絵が印刷してある、トイレットペーパー。毎日使うこの「ぜいたく」を、オーストラリアの人たちは、そして他の国の人たちも、そうそう手放したりはしない。

「家族と一緒にしばらく家にこもる羽目になるなら、せめて身の回りには暮らしを楽にしてくれる、素敵なものを確保したい。そういう気持ちもあるだろう」とミラー博士は言う。

「トイレットペーパーは実際にはそれほど重要じゃない。食料や水などと比べると、サバイバル必需品としての優先度はかなり低い。それでも、せめてこれだけは、何としてもこれだけはないと……という思いで、人はトイレットペーパーにしがみつくのです」

(英語記事 Why are people stockpiling toilet paper?