「サッカーコラム」五輪代表はチームの骨格をどう作るのか 新型肺炎の影響で「ぶっつけ本番」の可能性も

シリアに敗れ1次リーグ敗退が決まり、顔を覆うGK大迫(12)らU―23日本代表=バンコク近郊(共同)

 生きていると、想像もしていなかったことに人は遭遇するものだ。9年前の「3.11」を始めとする自然災害は言うまでもないが、今回の新型コロナウィルス感染なども災厄という意味では同じだ。その度に、平穏であることがどれだけ素晴らしく幸せなことなのだろうかと改めて思い知らされる。

 シーズン開幕を迎えて盛り上がっていた気持ちが、白紙に戻された。そんな気持ちになっているサッカーファンは多いに違いない。筆者もそうだ。Jリーグは暫定的に3月15日までに予定されていたすべての公式戦が延期された。だが、これくらいで済むのだろうかという不安のほうが大きい。

 心配されるのは7月24日に開幕する東京五輪への影響だ。2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した。このときに日本国内での感染者はいなかったのだが、ポルトガル代表が来日を取りやめた。当時のポルトガル代表は、フィーゴやルイ・コスタらが名を連ねる元祖「黄金世代」と呼ばれる豪華なチームだった。それだけに、ひどくがっかりしたのを覚えている。

 欧州に住む人々の脳裏に刷り込まれている感染症のイメージは、日本人が思う以上に恐ろしいのかもしれない。欧州では14世紀にペストが大流行。このとき当時の世界人口4億5千万人の約4分の1にあたる1億人以上が死亡した。流行の中心となった欧州では、消滅した町も多かったという。

 日本人は教育されているがゆえに、津波は怖い物だと認識している。それと同じ考えを欧州人が感染症に対して持っているとしたらどうだろう。感染リスクのある国にわざわざ来ることはないはずだ。当然、各競技の事前合宿を招致した自治体の努力も無駄になることもあるだろう。五輪の開催自体がなくなることはないだろうが、新型コロナウイルス感染の流行が下火にならなければ、観戦者だけでなく参加を見合わせる選手が出てきても不思議はない。

 サッカー界にとってはJリーグの延期以上に痛いことがある。メダル獲得を至上命令としている五輪代表だ。チームとしてほぼ出来上がっている「なでしこジャパン」は問題ない。問題は男子代表。1月のU―23アジア選手権でチームの形を成していないことが露呈した森保一監督率いる男子は大変なことになってしまった。

 立ち上げ時には地元開催の五輪で「金メダルを目指す」と公言した。確かに可能性を感じさせる選手は多い。しかし、76人もの選手を使ったのはいいが、試合ごとにメンバーが入れ替わることが続いていたため、チームの骨格は誰もわからなかった。

 今まで以上に海外でプレーする選手が多いことが、選手招集を難しくさせた。活動の大半は国内組でまかなったが、本番で登録する18人のメンバーは海外組でほぼ占めるというのは誰の目にも明らかだ。冨安健洋や堂安律、久保建英が中心となるのだろうが、五輪代表のチームで彼ら3人がそろってプレーしたことは一度もない。その意味で3月27日のU―23南アフリカ戦と30日のコートジボワール戦は、まとまった時間での実戦を伴う最初で最後のチャンスだった。

 原稿を書いている時点ではまだ確定したわけではない。とはいえ、南アフリカは来日を拒否しているようだ。コートジボワール戦ともどもキャンセルになる可能性は高いだろう。さらに心配なのは海外組の所属クラブがウイルス流行地と目されている日本に選手を出すかだ。日本協会側からの招集に応じたとしても、日本に戻ってきた選手が再び所属クラブのある国に入国できるのかという問題も当然出てくるだろう。

 アジア予選を勝ち抜くために、実戦的なチームを一度作っていたら問題はなかった。そのベースにオーバーエイジや足らないピースをつけ足せばよかったからだ。ところが、今回のチームは自国開催であったことが逆にあだとなった。真剣勝負を一度も体験しないまま五輪の本番に臨まなければいけない状態だ。

 3月の2試合がキャンセルになった場合、森保監督はどのようなメンバーで五輪本番に臨むのだろうか。海外組中心のメンバーになったならば、それはU―23年代のオールスターであって、厳しい試合を戦い抜く「チーム」ではない。サッカーは能力の高い選手を並べるだけでは勝てないのだ。お互いの長所を生かし、弱点を補い合える組み合わせが必要になる。

 返す返すも残念なのは1月にタイで行われたU―23アジア選手権を有効に使えなかったことだ。初戦で敗れた日本はターンオーバーを採用。大幅に選手を替えて第2戦、第3戦を戦った。森保監督はそれでもグループリーグを突破できると思っていたのだろうが、当初は6試合戦う予定が3試合で終わってしまった。その3試合もメンバーの入れ替えが激しく、国内組の中心が誰であるかさえ見えなかった。ここでベースが作られていれば、まだ手の施しようもあっただろう。

 自国開催。良いメンバーが多くいる。好条件がそろっていたのに、まるで準備ができていない。五輪本番が4カ月に迫っているにもかかわらず、ここまでチームの骨格が何ら決まっていないのは記憶にない。そして、新型肺炎によって最後のチャンスも奪われようとしている。さまざまな選手を試すことに時間を費やしすぎたツケがここにきて回ってきた。

 何事も平穏なうちに備ええおかなければならない。食料を始めとする日用品はもちろんのことだが、そのことはチーム作りでも同じ。予想外のアクシデントは、いつ襲ってくるのか分からないのだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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