ビリー・ジョエルのアメリカ史「ハートにファイア」もうこれ以上はゴメンだ! 1989年 9月27日 ビリー・ジョエルのシングル「ハートにファイア」が米国でリリースされた日

画期的な歌詞、ビリー・ジョエルが歌う現代アメリカ史!

邦題はラブソングか応援歌のようだが、「ハートにファイア(We Didn't Start The Fire)」と言えば「あれね!」という名曲。ビリー・ジョエル本人は「虫が耳元で飛んでいるみたいで好きではない」と言っているらしいが、確かに彼の歌の中でも少し異色と言っていい。

この歌「ハートにファイア」はアメリカ史がズラズラズラ~っと列挙され、その後に「We Didn't Start The Fire(火をつけたのは僕たちじゃない)」とサビが続く。この2つの掛け合いが絶妙なバランスとなって心に残る。その様は「はないちもんめ」のようだし、また懐かしのインベーダーゲームの攻めてくるインベーダーとそれを迎い撃つミサイルのようにも思えるのだ。

この曲に列挙された近現代アメリカ史は実に100以上。まるでインベーダーやテトリスのブロックの質感で迫りくるように歌い上げられる… いや、歌い “上げられる” のではなくテトリスブロックのごとく “落ちてくる”。聴く私たちにそれを止める力はなく、次から次へと事件と毎日は夜が明けるとやってきてしまう。そしてそれを引き受けるサビは揺らぎと共に歌い上げられる。

火をつけたのは僕たちじゃない! それでも最善を尽くす人間の葛藤

 火をつけたのは僕たちじゃない
 火はいつも燃えていた
 地球が誕生した時からずっと
 火をつけたのは僕たちじゃないけれど
 でも僕たちはその火と戦おうとがんばった

サビはテトリスブロックのAメロとは違って有機的で人間的。むしろこちらの方が炎のような様相だ。それはまるで私たち人間の中にある炎のよう。次々と起きる毎日の事件に翻弄されながら、でも最善を尽くそうと頑張る人間たちの葛藤を、壮大な掛け合いで描いた意欲作だと思い、私は気に入っている。

三人称から一人称へ、ビリー・ジョエルはこう叫ぶ!

アバの歌に「アイ・レット・ザ・ミュージック・スピーク(私は音楽に私の言葉を語らせる)」という曲がある。この歌自体は陰陽でいえば陰で、まるで魔女が紡ぎ出した妖艶な呪文のよう。ビリー・ジョエルは魔女ではないが、そのタイトルのように “音楽に自分の言葉を語らせる” 音楽家だ。ビリー・ジョエルという一人称が繰り出す物語に私たちは魅了される。

ところが、この「ハートにファイア」は近年(ビリー・ジョエルが生まれた年から)のアメリカ史を羅列することで無機質的に描く。そしてそれを受けるサビは “We” だ。他の彼の作品に比べると実験的な面白味が感じられるのはそんなところからなのかもしれない。そして、この歌はなんと5番まであるのだけれど、サビではなくAメロがどんどん盛り上がっていく。そしてAメロの最後にビリー・ジョエルはこう叫ぶ。

 I can't take it anymore
 もうこれ以上はゴメンだ!

そう、ここは “We” ではなく“I”
社会の思惑とか理想とか混乱は共有できても “感情” は自分のものとして描く。そこがビリー・ジョエルらしいこの歌のケジメの付け方のなのではないか。

ビリー・ジョエルが並べた歴史と私の歴史、そして “あなた” の歴史

ここ数週間、私たちはこの歌のAメロで歌われる事件に挙げてもよさそうな新型コロナウィルスに翻弄されているが、それだけでなくても日本人の私たちにとっては地震や水害のような天災もAメロ指定確定だ。

その他に、Aメロに何が当てはめられるか思い浮かべてみる。Aメロには事件だけでなく、その時代を映し出す人物や場所、時代を象徴するスターや映画、その他話題作もあるだろう。一見すると、Aメロに並んでいるのは自分以外の存在だったり、自分ではどうしようもない出来事のようである。

ここで私たちが注意深く認識しておかなければならないのは、それらの事件は “私” がいなければ何も意味をなさないということだ。火をつけたのは私たちではないかもしれない。でも、私がいなければ火だってなんだって意味をなさないのだから。当然、同じ時代を生きたとしてもビリー・ジョエルが並べた歴史と私が並べるものは違ってくるだろう。でもそこに私の歴史があることを私はとても尊重したい。

そしてまた “あなた” の歴史と見比べてあなたを知りたい。そのうち私たちは「新型コロナウイルスが流行ってたとき、あなたはどうしてた?」といった会話をするのだろう。そしてもうすぐ東日本大地震から9年が経つ。あのとき、あなたは何してた? そして今、あなたは何してる? …と。

最後に、「もうこれ以上はゴメンだ!」としながら延々とアメリカ近現代史を並べたビリー・ジョエルだが、彼は歴史教師になりたかったほどの歴史好きなのだそうだ。この愛情と嫌悪のバランスの絶妙さもこの歌の魅力に違いない。

カタリベ: まさこすもす

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