殺処分犬の保護がきっかけで、究極の農園を作った家族の奇跡『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

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『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

“荒れ地の上にも8年”を描く奇跡のドキュメンタリー

映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』は単なる農場ドキュメンタリーではなく、身体を張った8年間の試行錯誤の物語だ。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

いつのことだったか、朱鷺(トキ)を追ったテレビのドキュメンタリー番組を見た。絶滅危惧種である朱鷺たちを大空に羽ばたかせるためには「ドジョウが棲息する生きた水田を取り戻すことが不可欠だ」という。要は、ドジョウは朱鷺の大好物なのだ。食物連鎖のループを順になぞると、生きた水田にはプランクトンなどが棲息する。その微生物たちを食べる羽虫が浮遊し始めると、彼らを捕食するメダカやタガメが姿を現す。その先に朱鷺の絶好の餌となるドジョウやカエルたちが出現する。微生物に端を発する水田の食物連鎖のメカニズムを取り戻すことは容易ではない。佐渡の人々は、朱鷺のために生きた水田を育てることでドジョウたちを呼び戻し、朱鷺たちが生きられる環境を整えたのだ。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』を観て最初に思い出したのは、この映像のことだった。主人公は、テレビでドキュメンタリー番組を制作しキャメラマンでもある夫ジョン・チェスターと、料理家の妻モリーのふたり。製作、監督、脚本、撮影をつとめたジョンは自らカメラを回し、同時に被写体にもなっている。“石の上にも3年”ということわざがあるが、さしずめ“荒れ地の上にも8年”もの長い道のりを描いた奇跡のドキュメンタリーだ。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

始まりは一匹の黒い犬だった

ジョンとモリーの“ビッグ・リトル・ファーム”が誕生するきっかけは、日本でも社会問題化している殺処分をめぐる愛犬との出会いだった。

ある日、殺処分を待つ200匹もの犬の世話をする女性のもとを訪ねたジョンは、大型犬たちの中で小さめの黒い犬に目を留める。愛くるしい彼のまなざしに一目惚れし、その場からスマホで撮影した動画を妻に共有。「え、犬って……」と思ったモリーだが、そこまで言うのならばと了解する。こうしてトッドと名づけられた犬が家族の仲間入りすることに。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

だが、すぐに重大な問題が起こる。ふたりが外出した後、トッドは四六時中吠え続けるのだ。近隣のクレームを押さえるために、吠え防止スプレーで制御を試みても、服を着せかえても、吠える、吠える、吠える。そして、ついに大家さんから立ち退きを迫られる。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

この時、かねてからモリーの夢であった「身体に良い食べ物」を育てる農場作りを思いつく。自然と共生する農場であれば、トッドものびのびと暮らせるに違いない。そう考えたふたりは早速行動を開始するのだが……。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

「ミミズを育てろ!」農場マスターが仰天指示

言うは易く行うは難し。それはどんなことにも共通する。ふたりは農場経営のプランを仲間たちにプレゼンして出資を募るが不調に終わる。いきなり頓挫と思いきや、クチコミによってオーガニック農場作りの噂が広まり、出資者が現れる。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

早速カリフォルニアに東京ドームの17倍もの広大な大地を見つけたまでは良かったが、単独栽培されていた農場は荒れ果て、乾いた土地は鍬も刺さらないほど荒んでいた。

どうしたら良いのか皆目わからない。そんな時、どうするべきなのか。ふたりは迷わずググった。そして、農場マスターを自称するある男を見つける。ヒッピーのような出で立ちで現れたアラン・ヨークは、土地全体を見渡すと開口一番「ミミズを育てろ!」とびっくり仰天する指示を出す。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

「え、土地を耕すのでなく、ミミズを育てるって、しかも大量に!?」……はてさて、年間予算の半分をミミズに費やてしまっていいのか。師の言葉に疑心暗鬼になりながらも、ふたりは小さな農場作りを進めていく。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

ふたりの師となるアランは、まずは土を生き返らせることを目指した。冒頭で触れた朱鷺のエピソードが示す通り、生物は生きた土にしか棲息しない。大地に潤いを与えるために、ミミズたちが生み出す廃棄物から液体肥料を用意する必要があったのだ。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

“ビッグ・リトル・ファーム”の収穫とは……?

愛犬のトッドに見守られて、ジョンとモリーは仲間たちと奮闘を続ける。豊かな実りに喜んだのもつかの間、思わぬ天敵の登場に収穫を台無しにされて途方に暮れる。一難去ってまた一難、自然の予期せぬ振る舞いに右往左往する毎日が続く。でも、いつも笑顔を忘れないふたりの小さなアクションは着実につながっていく。農地の上を牛や豚、鶏たちが闊歩し、蜂が飛び交う葡萄畑とその隣を流れる水路とが結びつき、それまで見かけなかった野生動物たちが新たな仲間に加わっていく。こうして200エーカーの農場をつなぐ、大きなひとつの“生態系の輪”が生まれていく。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

なぜ、この農場(正式名称は<アプリコット・レーン・ファーム>)がビッグ・リトル・ファームとして紹介されるのだろう。そのことを少しだけ意識して、映画をご覧いただけたらと思う。ミニマルの連鎖の先にあるのは、美しい“究極の農場”の景観だけではない。観客にとって“理想の暮らし”を考える最高のヒントと、その先にある意識の変化がきっと大きな収穫になるはずだから。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』© 2018 FarmLore Films,LLC

文:高橋直樹

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』は2020年3月14日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー