“スーパー警備員”田中さん 経験糧に「人を守れる人間に」

「たくさんの人を守りたい」と語る田中さん。防犯講座で学生らに護身術を指導している=長崎市内

 長崎市の警備会社に“スーパー警備員”がいる。田中健一さん(49)=諫早市=。イスラエル発祥の護身術をマスターし、各地で親子向けの防犯講座などを開催。大切な人を守るための実践的なテクニックを指導している。でも最初から強かったわけではない。強さの裏には、過去に自身が襲われたさまざまな「危機」があった。
 「人を守りたい」。田中さんがそう思い立ったのにはいくつか理由がある。
 19歳の時、一つめの「事件」が起きた。地元長崎の高校を卒業し、県外の大学に通っていた。アルバイト先のファストフード店で深夜、1人で清掃作業をしていた時、刃物を持った男に押し入られた。
 「金を出せ。出さないと殺すぞ」
 心臓は早鐘を打ち、全身の毛が逆立つ感覚がした。「これでおれの人生は終わったな…」。犯人に立ち向かう勇気などあろうはずもない。当時の田中さんは「根暗で無口で、無力」な若者だった。
 男は田中さんにナイフを突き付けたまま、店内の金庫などを物色したが、現金はなかった。緊迫した状況は明け方まで約5時間続き、結局、犯人は何も取らずに逃走。田中さんは無傷で解放された。
 だが不運はこれで終わらなかった。長崎で働き始めた20代半ばのころ、身内がトラブルを起こし、暴力団が自宅に押し掛けてきたことがあった。さらに、当時の交際相手が知人からストーカー被害に遭い、騒動に巻き込まれた。
 これだけ立て続けに危機に見舞われる人も珍しいが、田中さんはこうした経験を経て「人を守れる人間になりたい」と決意した。
 27歳の時に警備会社に就職。その後、自費で東京のボディーガードスクールに通って専門技術を磨き、イスラエル発祥の護身術「クラブマガ」を習得した。さらに特殊運転技術、米国式の警棒術、テロや通り魔事件の負傷者の救護法などまで身につけた。

 現在、長崎市御船蔵町の警備会社「司コーポレーション」に勤務し、官公庁の施設警備などを務める。その傍ら、防犯ボランティアグループ「PRO-ACTIVE SECURITY」の代表として各地で防犯セミナーを開催したり、女性や親子、自衛官らを対象に護身術を指導したりしている。
 日本は治安がいいと言われるが、ある日突然、予期せぬ事件が起きることがある。相模原市の障害者施設殺傷事件(2016年7月)も川崎市でスクールバスを待っていた児童が襲撃された事件(19年5月)も、弱い立場の人にむき出しの暴力が向けられた。
 田中さんには、障害があり寝たきりの娘(15)がいる。「犯罪は身近に起こり得るもので、誰もがその被害に遭う危険性をはらんでいる。危険を回避し、大切な人を守るための力と知識を多くの人に身につけてもらいたい」。田中さんはそう言った。

 


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