中国、ネット授業は学びをどう変える? 新型コロナウイルス感染で臨時休校、新学期延期【世界から】

インターネットを通じて自宅で学習する中学生=2月17日、北京(新華社=共同)

 新型コロナウイルの感染拡大を受けて、日本では3月2日から全国の多くの小中高校などが臨時休校している。休校で課題となるのが、生徒たちの学習機会をどう確保するかだ。 感染者が8万人を超えた中国では1月下旬に小学校から大学までの新学期開始を延期することを決定した。その代わりに、インターネットやテレビを通じた授業が一斉に始まった。日本ではまだ一部でしか導入されていない「ネット授業」について北京からリポートする。(北京在住ジャーナリスト、共同通信特約=斎藤じゅんこ)

 ▽トラブル続出

 北京市のネット授業が始まったのは新学期が始める予定だった2月17日。ネット授業の実施が決められたのは1月下旬の新学期の延期決定後なので、実施までの準備期間はわずか2週間弱しかなかった。唐突とも言える導入に、スムーズに開始できるのかを多くの人が危ぶんだ。

 予想通り、授業初日は不具合が続出した。筆者の住む北京市海淀区は教育熱心なエリアとして知られるが、同区開発のネット授業システムはトラブルでサービスを提供できなかった。早々にサーバーがダウンしてしまった大学もあった。このほかにも、「ログインできない」や「音が聞こえない」「画面が固まった」などの問題が、至るところで起きた。

 しかし、トラブルを批判する声はほとんどなかった。その後、サーバーの増設やアクセス時間の分散などの対処をすることで事態は改善されていった。

 ▽混乱する現場

 しわ寄せを最も受けたのは教師たち。「ネット授業の(準備をする)ために徹夜が続いている」。名門大学のベテラン女性教師は疲労感をにじませながら、そう話した。

 ネット授業は初めての体験という地元の高校教師は会員制交流サイト(SNS)上で「ネット授業は(通常に比べ)数倍疲れる」とつぶやいた。この教師は「普通の授業の経験しかないのに、ネットで授業することを強いられた」と不満を隠さなかった。

 導入当初、多くの親は初めて使うアプリや容量の大きいデジタルファイル資料のダウンロードにてこずった。学生たちは顔認証による「出席」のチェックなどできるビジネス系アプリの「Ding Talk」をこぞって酷評した。学校の管理から解放されると思っていたのに、同アプリの導入で再び教師の監視下に置かれるだけでなく、通常の授業と同様に多くの宿題が課されるようになってしまったからだ。

再開時期が決まっていない北京の日本人学校=2月10日(共同)

 ▽「紙芝居型」と「全方位型」

 こうして始まったネット授業だが、やり方が統一されているわけではない。実施方法や内容は学校に任されている。

 形式には二つある。主流は筆者が「紙芝居型」と呼んでいるもの。教師が教える姿を撮影して配信する方式で、日本でも予備校の授業などで採用されている。

 多数の学生が一度に視聴できるだけでなく、繰り返し見られるのが最大の長所だ。各学校が独自に制作することもあるし、地方政府が作る場合もある。加えて、全国放送のテレビやネットテレビでも制作・放映している。これらの公開されている既成の授業を生徒各自が見るよう指導するだけで済ませている学校もある。

 興味深いのが、予備校が配信するネット授業を公立校が勧めている点だ。中国中央テレビが運営するインターネット放送では、さまざまな大手予備校が提供した小中学校向けの授業番組を無料公開している。

 予備校がこぞって力を入れるのは、宣伝のチャンスと考えているから。小学6年向けの英語を見たが、どの教師もよどみなく英語を話すなどレベルは高かった。

 もう一つは「全方位型」だ。参加者全員が専用アプリを使い、先生と約30人いるクラスの生徒全員がスクリーン上でお互いの様子を確認しながらリアルタイムで授業を進めることができる。会社などの遠隔会議で用いられている仕組みを援用した。

 特長は実際と同じように双方向で授業が進められること。例えば、先生の質問に生徒が答え、そのやりとりを他の生徒も見聞きできる。

 北京市を代表する繁華街、王府井がある東城区の公立小学校では全方位型の授業を毎日午前8時台から2こま実施している。1こまは通常授業より短めの約30分だが、クラスメート全員と先生の顔が見え、授業は緊張感がある。感染予防のために家に閉じ込められている子供たちにとっては良い刺激になっているようだ。

 アプリも多種多様だ。「Ding Talk」やIT大手の騰訊控股(テンセント)が開発した会議用アプリといったビジネス向けだけでなく、ネット授業専用のものもある。清華大と教育省ネット教育研究センターが共同開発した「雨課堂」や中国のオンライン授業用アプリ「Classin」などだ。これらのアプリはまだ問題を抱えているが、今回の休校を機に技術革新が進むのは間違いないだろう。

教師とクラスの同級生たちを自宅のコンピューター画面で見ながらネット授業を受ける北京市内の小学生(斎藤じゅんこ提供)

 ▽壮大な社会実験

 ネット授業の実施は新学期延期が告知されてから2週間程度と非常に短かった。にもかかわらず、迅速な実施が可能だったのは「有無を言わせぬ」トップダウンの体制があるのは言うまでもない。加えて、教育現場のデジタル化が進んでいたことも後押しした。例えば、北京市の公立小中学校では宿題の告知や提出はほぼ100%スマホ経由でできる。

 また、「走りながら考える」という中国人特有の行動様式が貢献したのは間違いない。人々は突然の変更や制度の不完全さには慣れている。欠陥にも寛容なので、物事を進めながら修正するのは得意だ。

 今回の試みは、学校における学びのありようをどう変えるのだろうか? 図らずも実現した壮大な社会実験の行方に注目したい。

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