アート・コレクションとその思考。「CADAN:現代美術」トークイベント レポート(3)

日本の現代アートの振興と普及を主な目的に、2015年に設立された一般社団法人日本現代美術商協会(CADAN: Contemporary Art Dealers Association Nippon)。38のギャラリーが参加するこの「CADAN」が、現代アートを純粋に見てもらうという原点に立ち返る、初の展覧会「CADAN:現代美術」を2月15日、16日にわたって開催した。本展の関連イベントとして行われたトークイベント全4回をレポートでお届けする。

第1回:現代アートの新しいプラットフォームとは?
第2回:僕らの芸術時代 アラウンド80’s

第3回のトーク「コレクションと思考」の登壇者は、450点以上のコレクションを持ち、全国各地の美術館で展覧会を行うタグチ・アートコレクションから田口美和、コレクターの深野一朗、小山登美夫ギャラリー代表でCADAN代表理事の小山登美夫。モデレーターはMISAKO & ROSEN代表のローゼン美沙子。

「CADAN:現代美術」の会場入口

個人コレクション、企業コレクション、パブリックコレクションと様々な形態が存在する現代アートのコレクション。トークでは多彩なコレクションが紹介され、それぞれの違い、日本の状況の課題が見えてきた。

1:クリーブランド・クリニック(アメリカ・オハイオ州の病院)
http://www.clevelandclinic.org/lp/power-of-art/
・1963年よりアート・コレクションを開始し、コレクション総数は約7000点
・新しいビルを建てる際、設計計画のなかにアートを取り入れるという項目があった
・コレクションは患者、職員ともに見ることができるオープンなもの
・1983年に正式に院内でアートプログラムが発足し、エグゼクティブ・ディレクターも就任。院内にはサラ・モリスのコミッションワークもある
・病院がコレクションのための予算を設けており、個人の寄付も受け付けている
・ジョナサン・ボロフスキーの版画《Art is for the Spirit》(1989)に書かれた「Art is for the Spirit」のメッセージはコレクションのモットー

左から田口美和、深野一朗、小山登美夫

2:The Northwestern Mutual Life Insurance Company(アメリカ・ウィスコンシン州の保険会社)
https://www.northwesternmutual.com/
・企業コレクションの歴史としては約100年。施設造設にともない、現代アートのコレクションを2016年からスタート
・同じくウィスコンシン州ミルウォーキーにあるギャラリー、The Green Galleryのギャラリストがコレクションを担当
・コレクションの基本方針としては、地元・ウィスコンシン州のアーティストによる作品。これは、同州にアーティスト・コミュニティがあるため可能になったことでもある

3:シカゴ大学 香港キャンパス
https://www.uchicago.hk
・5名の人物がコレクションを選定
・コレクションに特定のコンセプトはないが、学生や職員の興味を鑑みて選んでいる
・コレクションはこちらのサイトからも見ることができる

シカゴ大学 香港キャンパスの作品を紹介するウェブサイト(http://art.chicagobooth.edu/)より

4:ニューヨーク在住の会計弁護士夫妻コレクター(個人コレクション)
・情報収集は毎日のContemporary Art Daily、スタジオビジットも行う。
・美術館に行くうちにコマーシャル・ギャラリーに足を運ぶように。今後活躍しそうなアーティストが集まる、小さなスペースの展覧会を好む
・作品を初めて購入したのは2004年、クリストファー・ウールの作品
・今井麗、森山大道、八重樫ゆいら日本の作家のコレクションも多く、黒やモノクロが好き
・作品購入予算は1点につき4000〜12000ドル
・購入ルールについては「展覧会でどの作品が難しくて売れないかを待っている。多くの場合、無視された作品というものは楽しさ、そして個人的な視点からもっと報われるべき作品です」と話す。このルールは、コレクター兼ギャラリストのイリアナ・ソナベント(1914-2007)が、ギャラリーで売れ残った作品を自身で購入し、それらが結果的に10億円ほどの価値を持ったことにも由来する

会計弁護士夫妻コレクターの自宅

5:プエルトリコ在住のコレクター(個人コレクション)
・プエルトリコの著名コレクターは5〜6人ほどで、そのなかの一人
・アーティストのホルヘ・パルドがデザインした家で暮らしている
・1980年代よりコレクションを開始し、アーティストの国籍やジェンダーは関係なく直感的に購入
・直近では、ヴィヴィアン・ズーター(Vivian Suter)の作品を購入

6:シカゴ在住の夫妻コレクター(個人コレクション)
・夫妻はそれぞれ、パームスプリングス美術館のコレクターフォーラムの委員、シカゴ現代美術館の展覧会・コレクター委員など、さまざまな委員を務めている(アメリカでは、コレクターの委員たちがチームで購入した作品が美術館に収められることがある)
・夫の両親がコレクターだった
・妻の友人が亡くなった際、追悼の場で「若いアーティストに支援を」というメッセージがあり、それを機にコレクションをスタート
・ふたりでは2009年からコレクションをスタート、ウィリアム・ポープ・Lの作品、ザネレ・ムホリら、国籍、人種などのアイデンティを超え、複雑でありながらもユーモアや美がある作品を購入
・最近行ったアートフェアは、EXPO CHICAGO、Chicago Invitational(Presented by NADA)、Freeze、Felix Art Fairなど

シカゴ在住の夫妻コレクターの自宅

6:白木聡・鎌田道世夫妻(個人コレクター)
・ふたりでのコレクター歴は約30年
・ほとんどの作品を東京で購入し、直感で作品を選んできた
・奈良美智、村上隆らの作品を1990年代はじめに購入。
・村上隆によるバルーンの作品は、村上のバルーンの作品では初めて売れた作品で、作家自ら設置のために自宅を訪問

白木聡・鎌田道世夫妻の自宅

7:深野一朗(個人コレクター)
・職業は公認会計士
・もとはヴェネチアングラス、装飾的なヴィンテージのガラスをコレクションし、現代アートにはアレルギーがあった
・東日本大震災でガラス作品がすべて割れたことをきっかけに、物質的な豊かさへの懐疑心が生まれ、現代アートに関心を持つようになった
・コレクターとして初期に購入した作品は、ひらいゆう、高木こずえなど。家のインテリアの一環で作品を購入していたが、徐々にコンセプチュアル・アートに関心を持つ
・コレクションは約400点。自身が運営していたギャラリースペース「実家|JIKKA」(2012-15)時代、作家から買い取った作品も多い
・約2年ごとに収集コンセプトが変化しているが、現在は友人の作品を買うことが多い

深野一朗の自宅

田口美和(タグチ・アートコレクション)
https://taguchiartcollection.jp
・2000年前後より、父・弘がコーポレート・コレクションとして作品を取集し始め、その後個人コレクターとして活動。その父の遺志を引き継ぐかたちでコレクション収集を継続している。美術館の空間に合うスケールの作品=父のポリシーだった
・父のコレクションを理解するため、アートの勉強は2010年頃からスタート。初めて訪れたフェアは2014年のArt Basel in Miami Beachで、限られた予算のなか、プライマリーで若手アーティストの作品を購入
・南米のアーティストの作品を購入することが多い

小山登美夫は、タグチ・コレクションについて「田口(弘)さんは、コレクションは社会のためものだという意識があった。そしてエッジのある、美術館が買わないような作品が多いのがおもしろい」と紹介。

また、「タグチ・アートコレクション展」はこれまで日本各地を巡回してきたが、松本市美術館での展示時には、事前に地元小学生が好きな作品を投票。人気作品を展示するなど教育普及を意識した活動も行なってきた。

タグチ・アートコレクションの展覧会の様子

質疑応答では、客席より「世界のアーティストと比較して、日本のアーティストはどう見える?」と質問が。これに対し田口は、「私が出会ったアーティストは鑑賞者に向けて強く説明し、他者とコンセプトを共有しようというパワーが強い。そのコンセプトに共感できると作品がくっきりと見えてくるんです」として、おもに南米のアーティストたちの「骨太さ」を伝えた。

いっぽう小山は、「日本のアーティストは社会との接点がすごく少ない気がする」と主張。前半の事例で紹介された、アメリカのコレクターと美術館の関わり方を例に、「アメリカはきちんと社会の中に美術館があることがわかる。けれど、おもに税金で賄われる日本の美術館にはその“社会感”がなく、そのことも巡り巡ってアーティストのあり方に影響を与えているのかもしれません」と、日本の美術館、アーティストが持つ課題を述べた。

個人コレクター・大八木氏の自宅。作品を飾るための自宅は西沢立衛が設計した

第1回:現代アートの新しいプラットフォームとは?
第2回:僕らの芸術時代 アラウンド80’s

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