新型コロナウイルスが猛威を振るう中、SNSやネット上でデマが横行している。トイレットペーパーが不足するという情報が広まり、全国的に品薄となる影響も出た。SNSでの情報拡散メカニズムに詳しい大阪電気通信大学の小森政嗣教授(認知科学)は、トイレットペーパーの買い占めに走った人々の大半が実はデマを本気で信じていないと指摘する。にもかかわらず、なぜこのような騒動が起きたのか? デマが広まりやすい社会的状況や、SNSだからこそ陥りやすい心理状態について解説してもらった。
■悪意なき人が「加担」
世界中で新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が続いている。それと同時に、インターネット上、特にSNSでコロナウイルスにまつわるさまざまな誤った情報の拡散も激しさを増している。
本来の意味でのデマ(デマゴギー)は特定の政治的意図のもと人々を煽動するため故意に事実を歪曲して意図的に流されるうわさのことだが、わかりやすさのため、ここでは社会で広く流布される誤った情報のことを「デマ」と呼ぶこととする。
既にコロナウイルスに関連したデマは数多く観察されている。「中国からのパルプの輸入が止まってトイレットペーパーが不足する」「マスク生産のためにトイレットペーパーが不足する」というデマは、各地でトイレットペーパーの品切れを引き起こした。
さらに、27度のお湯、酒、紅茶、にんにく、納豆、唐辛子、アオサ等でコロナウイルスが死滅するといった医学的根拠のない「願望流言」といわれるデマや、関西空港で発症した観光客が制止を振り切って逃走した、特定の宿泊施設で観光客が発症したといった「恐怖流言」、さらには「新型コロナウイルスは細菌兵器として作られた」といった特定の集団への敵意にもとづく「分裂流言」も見られる。
さまざまなデマがあるが、どのようなデマであっても悪意に基づいて拡散している人はごく少数である。それにも関わらず結果的にデマがひろまってしまった背景には、新型コロナウイルス感染症や、それによって生じる社会状況に対する「不安」や「恐怖」がある。ここでは、具体的な事例を見ながら、デマが拡散されるメカニズム、そしてデマによる被害をどのようにすれば抑えることができるのかを考えていきたい。
■うわさが広まる「二大要素」
広がりやすいうわさの性質については多くの研究がなされてきた。心理学者のオルポートとポストマンは第2次大戦中に発生したデマの分析をもとに下のような「うわさの法則」を提唱している。
R~I×A
R : うわさの流布(rumor)
I : 情報の重要さ(importance)
A : 情報の曖昧さ(ambiguity)
ただし~は比例するという意味である
この数式が重要さと曖昧さの掛け算になっていることが重要である。重要さ(I)と曖昧さ(A)のどちらもが大きい場合は、うわさは大きく広まるが、片方がゼロであれば全くうわさは広がらない。
コロナウイルスのうわさは、私たちの生命に直接影響するという重要さ(I)と、目に全く見えない上に治療法もまだ明らかになっていない曖昧さ(A)を兼ね備えているため、真偽を問わず広まりやすい性質をそもそも有している。見えないものに関する未知で重要な情報を得たときに、その情報を周りの人に伝えたいと考えるのは人として自然な振る舞いなのだ。
■デマ「周りは信じているに違いない」
まず、今回のトイレットペーパー騒動を理解する上でまず大切なことは、ほとんどの人は「トイレットペーパーの生産がストップする」などと本気では信じていないということだ。誰もデマなど信じていないのに、一体なぜこんな騒動が起きてしまったのか?
トイレットペーパーを買いに走った人たちは、実際には「私はデマなんかに騙されない、でもきっと世間の人々はデマに騙されてトイレットペーパーを買い占めるに違いない」「そうなれば自分は大変困ってしまうだろう」と考えていたのだろう。
このような状況を、社会心理学では「多元的無知」(pluralistic ignorance)という。「自分は信じてはいないけど、周りは信じているに違いないと考えてしまっている状態」のことである。人々はデマ自体を信じていたわけではなく、多元的無知からトイレットペーパーを買いに走ったといえるだろう。
■SNSで広まった「多元的無知」
「周りはデマに騙されている」という信念が多くの人に共有されてしまった背景には、TwitterやFacebook、LINEなどのSNSが関係しているかもしれない。
そもそも、このようなSNSでは、主に自分自身に関する体験や気持ちをフォロワーに共有するミーフォーマー(me-former;一般的な情報の共有に熱心なインフォーマーの対義語)と呼ばれるユーザーが多くを占める。トイレットペーパーは生活に密着した身近な話題だけに、ミーフォーマーに取り上げられやすいのだ。
それだけでなく、デマに触れた別のミーフォーマーが、「それを知って自身が不安になった」という体験をフォロワーに伝えるためにそのデマを共有(Twitterで言えばリツイート)する。
かくして「不安になった」という体験の共有が連鎖し、結果的に多くの人が「トイレットペーパーが品薄になることを人々は不安に思っている」と信じるようになる、すなわち多元的無知に至ることになる。
SNSでは、マスメディアと比較すると、客観的な事実よりも、主観的な体験や気持ちが伝達されやすいため、不安を急速に広げるという側面がある。
■本当に危険なデマは?
とはいえ、トイレットペーパー問題は生命の危機に直結するわけではなく、デマの中では被害が少ない部類に入るだろう。
コロナウイルスへの感染が拡大する中で、今後本当に気をつけなければならないのは、人々の恐怖を喚起し、人の生命に直接的に影響するようなデマである。
また他者や特定の集団を攻撃し排除する口実となるようなデマも絶対に避けなければならない。
こうなると、デマを信じて誤った行動をしてしまうことや、デマを拡散する当事者となってしまうことは文字通り命取りである。
SNSを危険なデマの温床にしないようにするにはどうすればいいのだろうか。
一般的なSNSユーザーが、流れてきた情報をデマだと見抜くことは大変難しい。ただでさえネット上にはいまだに真偽の決着のつかない情報(例えば「マスクは予防に有効」/「予防には効果なし」など)が溢れているのだ。
公的な機関や信頼できる機関(マスコミなど)の情報を参考にすべきであることは言うまでもないが、緊急の情報の場合は限界もあるだろう。
■「怖い」情報ほど共有したくなる
デマの当事者にならないための注意点のひとつは、私たちが怖さに影響されやすい社会的存在であることを自覚することだ。
Twitterを対象とした私たちの研究では、実際にツイートされた原子力災害やウイルス、噴火などのリスク情報の拡散がどのようになされたのかを調べている。その結果、相互フォローの多いユーザーほど、「怖い」情報をリツイートする傾向があることがわかった。
この結果は、①「怖い」という個人的な思いを共有するためにリスク情報が拡散される場合があること、② それはSNS上で親しい関係を通じてなされる傾向がある、ということを意味している。
怖いリスク情報を見たときに、その情報を親しい人と共有し、怖いと感じたことを伝えたくなるのは自然なことなのだ。
それを止めようとするのであれば、各人が情報の怖さに影響されやすい存在であることを自覚して、自ら抑制をかけるしかない。
一旦落ち着いて「この情報は本当に共有してもいいのか」「この情報にもとづいて行動して大丈夫なのか?」ということを慎重に、場合によっては懐疑的に考える習慣を持つことは大事である。
■伝言のデマより対処は容易
それでもデマの拡散をしてしまったときは事後の訂正が必要だ。デマの拡散に加担してしまった後の対処は、実はSNSのデマのほうが、伝言でのデマよりも容易だ。
SNSはデマを急激に拡散させてしまうという負の面が強調されがちだが、一方で、(情報をそのままシェア/リツイートしていれば)「伝言ゲーム」のようには内容が変容していかないし、事後で取り消す(例えばリツイートを消す)ことが容易にできるというポジティブな面もある。
流れてきた情報を共有する際にはそのままの形で共有する、誤りが判明したら即座に取り消して訂正をするという心がけが必要だろう。
■デマは「伝染病」とは違う
ネット上でのデマの拡散は、しばしば伝染病のアナロジー、すなわちデマへの曝露、感染、拡散というプロセスで解釈されてきた。
しかし、デマの拡散は実際にはそんなに単純なものではないことは、これまでの話でおわかりいただけたと思う。
SNSの担い手は、社会とのつながりの中で生きている、感情に揺り動かされつつ、誤っていることに気がつけば取り消しも訂正もすることができる個人なのだ。
<デマ対策まとめ>
①情報を共有する前にデマではないかと懐疑的に考える
②もし共有した情報がデマだと気づいたら取り消して訂正する
③公的な機関や信頼できる機関(マスコミなど)の情報を参考にする
SNSは速報性の高さから、東日本大震災などの過去の災害時の情報交換手段として積極的に活用されており、使い方次第では有益なコミュニケーションツールである。デマを拡散させてしまう危険性にも目配せしながらも、今回の新型コロナウイルス感染拡大の状況においても有効に活用されることを願っている。(大阪電気通信大学教授=小森政嗣)