Fukushima50は事実を伝えているか

東日本大震災9年の日、映画に感じた違和感

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尾中 香尚里

ジャーナリスト

尾中 香尚里

ジャーナリスト

福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から、11日でまる9年。このタイミングで、原発事故の対応にあたった現場の作業員らの姿を描いた映画「Fukushima50」(若松節朗監督)が公開されている。原発事故の首相官邸の初動対応を間近で取材した立場としては、やはり気になる。映画館に足を運んでみた。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

2011年3月16日午後に撮影された、東京電力福島第1原発4号機(同社提供)

 ▽事故のすさまじさ知るきっかけには…

 正直なことを言えば、あまり気乗りはしなかった。原発事故の初動対応に関する報道は、ほぼおしなべて、官邸の不手際を過度に強調していると感じてきたからだ。事故対応はもとより、事故発生前の日本政府の原子力政策を含めてその原因には複合的な要素があるのに、事故対応の評価は安易な「官邸悪玉論」に流れ過ぎている。それも不十分な情報をもとにだ。

 何が正しいのかも分からない混乱の状況のなかで、筆者らはできる限り事実に即した報道に務めてきたつもりだし、その内容は後に各種事故調の報告書でも裏付けられたと自負している。ただ、「誤報」だと分かったことが、世間では修正されないままストーリーとして広まってしまうことがある。それを知るたび、自らの非力を情けなく思うしかなかった。

 おそらくこの映画も、福島第1原発の吉田昌郎所長を「英雄」として描き、官邸側、ありていに言えば菅直人首相(当時)を「悪役」として描いているのだろう。そんな思いを持っていたが、当の菅氏がこの映画を好意的に評価していることに軽い驚きを感じ、ともかく自分の目で確認したくなったのだ。

 結論から言えば「思いのほか一方的な内容ではなかった」という印象だ。また、事故の記憶が薄れている人や、そもそも知らない若い世代などには、事故そのもののすさまじさを知るきっかけにはなるかもしれない。

 とは言え、当時の取材の記憶を振り返れば、内容にはやはり違和感を禁じ得ない点もある。震災9年の節目を機に映画に接する方もいると思われるので、以下に映画と実際に起きたこととの違いなどを書き留めておきたい。なお、ネタバレが気になる方は、以降は映画を見た後に(または見ないと決めた後に)読んでいただければありがたい。

福島第1原発で、東京電力幹部らから説明を受ける菅首相(左から2人目)=11年3月12日午前、福島県大熊町(内閣広報室提供)

 ▽初動対応、政権批判の論点は三つ

 原発事故の初動対応で当時の菅政権が批判の的となるのは、おおむね3点に集約される。第一が事故の発生翌日(2011年3月12日)、菅氏が自らヘリで原発の視察に向かったこと。第二が、原子炉を冷却するための海水注入(同日)を菅氏の指示で中止させた、とされること。第三が、東電本店に乗り込み「撤退はあり得ない」と演説したこと(3月15日)である。

 第一の現地視察は事実であり、この点について「危機の際に首相が官邸を離れるべきではない」との批判が起きた。これは事実関係に対する「評価」の部分であり、こうした論調が出ることは全く問題がない。一つの事実に対しさまざまな評価がなされることは、むしろ望ましいとも言える。

 ▽「首相視察でベントが遅れた」は誤り

 問題は、視察がもたらした「影響」に関する誤った認識だ。

 原発はこの時、津波で全ての電源を喪失し、原子炉内の圧力が上昇。原子炉の爆発を防ぐため、格納容器の弁を開けて水蒸気を逃がし圧力を下げる「ベント」を行う必要に迫られていた。ベントが開始されたのは首相の視察の約3時間後だったことから「首相の視察のためにベントが遅れた」(事故対応に支障をきたした)との批判が起きた。

 これは事実と異なる。

 東電は11日深夜、菅氏ら官邸の政治家に対し、ベントを行いたいと申し出た。12日午前1時30分には、海江田万里経済産業相(当時)名でベントの指示が出された。にもかかわらず、ベントは明け方になっても始まらなかった。なぜ始まらないのかを菅氏らがいくら尋ねても、官邸に詰めていた東電の幹部は答えられない。

東京電力本店=東京都千代田区(2015年)

 菅氏に限らず、確かな情報が得られない官邸の政治家は、誰もがいら立っていた。本来なら事故対応は東電に任せ、官邸はその進捗(しんちょく)状況を見極めながら住民の避難の仕方を決める、という役割分担になるはずなのだが、事故対応の進捗が分からなければ、官邸は住民をどのように避難させるべきかを決められない。現地の状況を確認し、ベントを急がせるため、菅氏は現地に向かったのだ。

 ▽映画が巧妙に拡散する虚偽

 映画では、佐野史郎さん演じる「総理」(映画ではなぜか実名が出てこない)ら官邸の政治家らが、ベントについて専門家の説明を受ける場面があった。人為的に放射性物質をばらまく行為の重さにうなりながらも、最後はベントを急ぐよう求める。同時並行して原発の現場でも「ベントしかない」と決意する場面が描かれていた。この時点で官邸と原発の現場の間に意思の疎通はないが、双方が事故の評価について同じ認識を持っていたことは分かる。

 視察に訪れた「総理」と吉田所長のやりとりも、過度に感情的ではなく、比較的抑制的に描かれていると感じた。吉田所長は簡潔かつ丁寧にベントが始まらない理由を説明し、「総理」もしっかりと聞き入っていた。個人的に最も心配していた場面だったが、現場の緊迫感もあり、割と良い場面になっていたように思う(評価は分かれるかもしれないが)。

 問題は、東電本店が現場の吉田所長に「総理が視察に行く」と伝える場面だ。渡辺謙さん演じる吉田所長が「それでは総理が来るまでベントを待てと言うのか」と本店にただしたのに対し、本店は答えず電話を切る。

 この描き方はフェアではないと感じた。

 官邸が「ベントを待て」という場面は当然ながら存在しないし、東電本店がそれを指示したという描写にもなっていない。しかし吉田所長が「ベントを待てというのか」という「問い」だけを口にして、本店がそれに「答えない」ことによって「官邸がベントを待てと言った」という「印象」だけが残ることになる。「事実誤認ではないか」と指摘しようにも、官邸なり東電本店なりが「ベントを待てと指示した」場面が存在しないため、指摘のしようがない。

 おまけに映画では、「総理」が視察を終えてヘリで飛び立った後、原発の現場で「ベントの作業を開始していいですね」と確認する場面が続いた。これでは「『総理』の視察中はベントの作業を控えていた」という「印象」を与えてしまう。

 誤報をうのみにした内容なら、はなから「そういう目的の作品なのだな」という評価もできる。だが、これは誤報であることを十分に理解したうえで、突っ込まれないようにしながら、誤報の内容を事実と思わせる巧妙な描写のように思えた。

福島第1原発2号機への海水注入について記者会見で説明する東京電力の担当者=11年3月14日午後、東京都千代田区の東電本店

 ▽海水注入、そのとき政治家は何をしていたのか

 第二の海水注入問題。筆者はこの問題については、菅氏の指示で中止させたと「される」という表現を使った。このこと自体が事実ではないからだ。だが、映画の描写は逆に、実際に起きたことに比較的忠実であり、それがこの場面の評価をややこしくしている。

 冷却機能を喪失した原発は炉心溶融(メルトダウン)の危機に陥り、冷却のために原子炉に注入する真水も切らした。冷却を続けるには海水を注入するしかなかったが、塩分を含むため原子炉が傷む恐れもあった。

 原発の現場はそれでも海水注入が必要だと判断し、独自で注入を開始した。そこへ、官邸に詰めていた東電本店の武黒一郎フェローから連絡が入る。吉田所長が海水注入を開始していたことを知ると、武黒氏はあわてて止めに入った。

 「官邸がグジグジ言ってんだよ」

 吉田氏はその指示に従ったふりをして、実際は注入を続ける。海水注入は止まっていなかったのだから「菅氏が海水注入を中止させた」というのは間違いだ。

 映画の描写もほぼこの通りである。しかし問題なのは、映画ではこの場面で、官邸側として段田安則さんが演じた武黒氏(役名は本名ではなかった)だけしか登場していないことだ。

 画面に登場していない菅氏ら官邸の政治家は、実際にこの時何をしていたのか。

 菅氏らは専門家からの意見も聞いたうえで、海水注入を行う方針で一致していた。菅氏は武黒氏から、海水注入の準備に「2時間かかる」と聞き、開始までに前述した塩分の影響などへの対応策を練るよう指示して、いったんその場を離れた。菅氏が戻った後、官邸は当然のように海水注入の指示を出した。これを武黒氏が曲解し、吉田所長に海水注入を止めるように伝えたわけだ。

 官邸にいた人間の間で「菅氏ら政治家」と「東電本店から官邸に詰めていた武黒氏」とで、海水注入への認識が異なっていた。しかし吉田所長には、武黒氏の言葉を通してしか、官邸の政治家の姿が分からない。「総理」らが海水注入を止めようとしている、と考え、不満を抱いても不思議はないだろう。

 繰り返すが、映画におけるこの場面の描写に大きな誤りはない。原発事故に対する多少の知識があれば、画面に映らない官邸の動きを補完して見ることも可能だ。しかし、初めて原発事故に接するような観客には、ミスリードになりかねないと考える。

 ▽納得感ある撤退拒否伝える場面

 第三の東電本店乗り込み。実はこの点については、比較的まともな描写がなされたのではないかと思う。

 3月14日夜、東電本店は海江田氏や枝野幸男官房長官(当時)に対し、第1原発からの撤退を打診した。海江田氏らは翌15日午前3時ごろ、撤退の是非について菅氏に判断を仰ぐ。現場から作業員が撤退すれば、大量の放射性物質が出続けて原発は制御不能になり、東日本全体が壊滅状態になると考えた菅氏は、作業員の生命を危機にさらすことを承知の上で撤退を拒否。東電の清水正孝社長を官邸に呼び「撤退はあり得ない」と伝えると、東電本店に乗り込み社員らにも同じことを伝えた。

政府、東京電力の統合本部設置を発表する菅首相=11年3月15日午前5時28分、首相官邸

 この場面については、後に東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)が「東電は撤退を考えておらず、菅氏が誤解した」との報告書をまとめている。だが、意外にもその描写は存在していた。東電本店内で、現場の作業員を「逃すしかないのではないか」と漏らすシーンがあった。撤退を考えず作業にあたる原発の現場と本店とは考え方が違ったことも、さほど無理なく理解できた。

 15日未明の、官邸における撤退の是非に関する議論も描かれた。撤退したら東日本が壊滅しかねない、という緊張感を、執務室に持ち込まれた大きな地図で表現。官邸に呼ばれた東電の社長も、実は撤退を考えていたが『総理』にすごまれ言い出せない、ということが分かる描写になっていた。

 こうした場面が挿入されることで、本店に乗り込み「撤退はあり得ない」とぶち上げる場面も、何とか比較的納得感のあるものになっていたのではないかと考える。

 映画では「総理」の「演説」に対し、原発の現場の作業員たちが「何言ってやがんだ」と強い不満を漏らす場面もあった。吉田所長はズボンを下ろして尻を向ける、というやや品のない表現で、不快感をあらわにした。

 ただ、この描写は理解できないこともない。第二の海水注入の場面もそうだが、吉田所長の目線に立てば、官邸の指示は東電本店を通じて、断続的にしか伝わってこない。「総理」の「撤退はあり得ない」は主に本店幹部の姿勢に向けられているが、現場で死に物狂いで事故対応にあたる作業員らが「撤退の意思などないのに、何でそんなことを言うのか」と憤るのは当然だろう。

 この「撤退はあり得ない」演説のあと、東電本店内には政府と東電の統合対策本部が設けられる。細野豪志首相補佐官(当時)が本店内に常駐し、政府と東電の意思疎通は進んだ。

 ▽一番の違和感

 映画ではこの少し後、陸上自衛隊のヘリが原子炉の冷却のために空中から海水を放水する場面が描かれた。それを見ていた吉田所長は「ありがたいけど……」と小声でつぶやく。官邸へのいら立ちをあらわにしていた段階からの変化を感じさせた。

 終わってみると、原発事故の初動対応を振り返るという意味では「毒にも薬にもなる」という印象を受けた。

 原発事故の悲惨さを知り、2度とあってはならないという思いを新たにすることは、一定程度できるだろう。だが、漫然と見ていると「現場の頑張りに対し場当たり的な官邸」というステレオタイプなイメージが、あからさまではない形で知らずに刷り込まれてしまう恐れがある。震災や原発事故をめぐる他の映像作品にも触れて、さまざまな見方に接することが不可欠だと考える。

 実はこの映画で最も強い違和感を抱いたのは、官邸の描き方ではない。

 ラストを飾る満開の桜。現場の「英雄」たちの活躍によって原発事故が収束し、復興が着実に進んでいるかのように印象づけるエンディング。そして最後に、東京五輪の聖火リレーが福島県からスタートすることを紹介する文字。

 「それはないだろう」の一言しかなかった。