「サッカーコラム」なでしこは頭をもっと柔軟に ポゼッション一辺倒ではもう通用しない

日本―米国 前半、米国に先制を許した(左から)田中、GK山下ら日本=フリスコ(共同)

 東京五輪前では最後となるタイトルを懸けた大会に、なでしこジャパンが挑んだ。米国で開催されている「シービリーブスカップ」だ。なでしこジャパンは最終戦の第3戦で絶対王者・米国と対戦し1―3で敗れた。3連敗で大会を終えた。

 スペイン、イングランド、米国と中2日で戦う。国際サッカー連盟(FIFA)ランキングを見ても日本の10位に対して、スペイン13位、イングランド6位、米国1位と強豪ぞろい。五輪本番のシミュレーションとしては絶好の機会だったのだが、内容としては芳しくなかった。スペインには1―3の完敗を喫し、イングランドにも0―1と敗れた。ここまでの勝ち点は「0」。本番なら1試合を残した時点で、大会にさよならだ。

 不利な点もあった。日本はシーズンが始まったばかりなのに対し、欧州勢はシーズンのまっただ中だ。試合勘やフィジカル的で、日本がハンディを背負っていたのは事実だろう。それを差し引いても日本は悪い形での失点を重ねた。

 丁寧にパスをつないでポゼッションを高める。その考え自体は間違いでないし、プレッシャーをかい潜ってパスをつなげなければチームとしての成長はないだろう。ただ、状況を考えないでやみくもにパスをつなぐことに固執するのは頂けない。当然だが、相手はそこを狙ってくるからだ。

 初戦のスペイン戦。最終ラインで短いパスを隣の選手につなぐだけの日本に対し、スペインは「狙い目」が分かりやすかっただろう。1―1で迎えた後半立ち上がりの3分、案の定ミスを突かれた。プレスをかけられた杉田妃和が苦しくなり最終ラインの熊谷紗希に戻したバックパス。2人に間を詰められていた杉田への熊谷のリターンはあまりにも無謀だった。最後はボールを強奪したガルシアがGK山下杏也加をいわゆる“裏街道”でかわして、無人のゴールへ決勝点。ガルシアは後半33分にも再び“裏街道”でGK山下を外して3点目を決めているから、この形が得意なのだろう。

 得点を与えてはいけない時間帯に自らのミスでゴールを許す。スペイン戦の教訓が生かされるはずだった第2戦のイングランド戦でも、失点はやはりミスからだった。0―0で迎えた後半38分、杉田の戻したボールをCB三宅史織がダガンにプレゼントパス。ダガンのゴール前へのクロスを、昨年のワールドカップ(W杯)フランス大会の得点王ホワイトが巧みなステップから左足で合わせて決勝点を奪った。

 最終ラインからのビルドアップはそこまで重要か。これは個人的な意見なのだが、一発勝負に近い五輪などではリスクが高いと思う。横浜Mが同じサッカーで昨シーズンのJ1を制したが、それはミスを取る返すチャンスがあるリーグ戦だからだ。一度のミスが致命傷になるトーナメントでは、場面によっては大きく蹴るという判断も必要だろう。

 2011年W杯ドイツ大会(優勝)、12年ロンドン五輪(準優勝)、15年W杯カナダ大会(準優勝)―。10年代前半、なでしこジャパンは女子サッカーのビッグトーナメントで3大会連続のファイナリストとなった。輝かしい歴史があるから、現在の選手たちは比べられることが重荷になっているのかもしれない。

 残念ながらあのときのチームと現代表では決定的な差がある。澤穂希や宮間あやに匹敵する選手がいないのだ。この2人は間違いなくワールドクラスの選手だった。そして、男子の日本代表にはワールドクラスと呼べる選手は、いまだ出現していない。それだけすごい選手が当時のチームにはいたのだ。

 澤と宮間にボールを預けておけば、ボールを奪われる心配はない。しかも彼女らは長く正確なボールも蹴ることができる。だから、状況に応じていきなり長いパスでリズムを変えることもできた。それがなでしこの強さの根源でもあった。

 2人のような長いパスを蹴る選手が少なくなったのは、日本のサッカーの育成法にも問題がある。ポゼッションを信奉する指導者が増えたことで、ロングレンジのキックがおろそかにされた。逆サイドにフリーの味方がいても、そこにパスを届けるキックがなければ、最終的に逆サイドさえも見なくなるのだ。

 守備における不変の鉄則は「セーフティーファースト」。これはポゼッションサッカーを志向しても変わらない。なでしこジャパンは思考をもう少し柔軟にする必要がある。最終ラインでボールをつないで相手がプレスを掛けてきたら、それを外すキックをすればいい。相手の人数の薄いところを突く。ゴールを奪い、ゴールを守る。パスをつなぐことに固執し過ぎて、サッカーの大原則を忘れてはいけない。

 チームの骨格さえ見えていない男子と比べれば、なでしこはまだ修正は利く。明らかなミスと分かっているからだ。だからこそ、意識を変えて残りの期間を有効に使ってほしい。

 ただ、一つ心配なことがある。東京五輪は本当に開催されるのだろうか。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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